「修行」という名の現実逃避をしているんじゃないかと、ふと頭をよぎる。

正直この世は、わけの解らない出来事でいっぱいに見える。


先日の滝行をはじめ、「修行」で私が得たのは「安心」。

それだけ、普段の生活に危機や不安を感じていたのだろうか?

今日は久しぶりに道場に行けた。
限界まで追い込まれてはいないけれど、今の私には結構きつい。
空手の間は何も考えられないから、ある意味解放されているのでしょう。


大学の老教授が「不如意」と、ご自身の人生を表現されていました。
私には自由に見えたのですけどね。


人生自由に在るがまま


そんなふうに成れたら良いな。