※この記事はいつかの雨の日にふと綴った記事です。
少なからず、6月頃だとは思いますが。。。
その頃の想いのまま、残しておきます。
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雨なので、ブログ更新ラッシュです。
良かったら見てやって下さい。
ふと、
たき火について考える瞬間があった。
都会生活をしていると、
たき火とは無縁の生活。
都会生活をしていなくても、
たき火が出来るような庭もない家庭で
育ってきたからなー。
一番覚えているたき火は、
1995年の冬だった。
阪神淡路大震災が起こった1月17日。
その日だったか、その翌日やったか・・・。
長田と言う、大火災にあってしまった街に住んでいた親戚に
会いに行った時のこと。
見た目全壊という訳では無い親戚の家。
でも壊れているのは一目瞭然。
何度も遊びに行った家やし、何度も泊まった家やから、
思い入れはあった。
もう寝泊まり出来る状態では無かった。
商売をやっていた家の入口の両脇の柱が、
なんだか歪んでいるようだった。
そんな家の前で、
寒さをしのぐために、たき火を炊いていた。
まぁ・・・正確にはドラム缶の中で火を起こしていた訳だが。。。。
「寒いやろ?こっち来てあたりっ」と優しげに言ってくれた親戚のおっちゃん。
母の義兄。
被災しながらにして、
他人に対してそんな優しい言葉をかけれる温かさ。
今思えば、
たき火のぬくもりよりも、
その言葉のぬくもりの方がこの心には残っている。
天に向かって昇るたき火の火の向こうに、
見たこともないような恐ろしい煙があがっていたあの空。
バチバチと・・・
寒い空の下で、暖をとったあの日。
そこに行く時に見た光景、
帰る時に見た光景・・・
よく遊びに行っていた頃との違った光景。
もうあの従兄弟のお父さん(母の義兄)は亡くなってしまった。
突然の訃報。
某職人さんということもあって手先も器用でね。
小学校の時の工作を手伝ってくれたこともあった。
手が込み過ぎて、
とても小学生の俺が自分で作ったとは誰も思ってくれないような
大作まで作ってしまったこともあった(笑)。
フェリーみたいな船だったんやけどね。
あれは大作やった。
モーター付きで、色まで付けてくれて。。。
ただただ、残念なのが、
うちのアホ兄が、風呂で浮かばせようとして
色が落ちてしまった。
どう考えても沈むに決まっているだろ!ばかもん!
って感じやったけどな。
当時の兄は予想以上にアホだった。
良く言えば真っ直ぐ。
たき火・・・。
またあたることはあるのかなー。
もうああいう状況にはなりたくないけど・・・
たき火を囲んで人が集まっている風景は、
見ているだけでも暖かい。
そんなことを思い出していた。
おっちゃん、ほんとにありがとう。
なんか毒舌なおっちゃんが嫌な部分もあったけど、
ほんまいろいろありがとう!。
突然過ぎて・・・
亡くなってからも何もしに行けていないけど・・・。
今度、近況報告しに行きますね。
おっちゃんは、もう次の人生を歩み始めているのかな?
またどこかで逢いたいです。
少なからず、6月頃だとは思いますが。。。
その頃の想いのまま、残しておきます。
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雨なので、ブログ更新ラッシュです。
良かったら見てやって下さい。
ふと、
たき火について考える瞬間があった。
都会生活をしていると、
たき火とは無縁の生活。
都会生活をしていなくても、
たき火が出来るような庭もない家庭で
育ってきたからなー。
一番覚えているたき火は、
1995年の冬だった。
阪神淡路大震災が起こった1月17日。
その日だったか、その翌日やったか・・・。
長田と言う、大火災にあってしまった街に住んでいた親戚に
会いに行った時のこと。
見た目全壊という訳では無い親戚の家。
でも壊れているのは一目瞭然。
何度も遊びに行った家やし、何度も泊まった家やから、
思い入れはあった。
もう寝泊まり出来る状態では無かった。
商売をやっていた家の入口の両脇の柱が、
なんだか歪んでいるようだった。
そんな家の前で、
寒さをしのぐために、たき火を炊いていた。
まぁ・・・正確にはドラム缶の中で火を起こしていた訳だが。。。。
「寒いやろ?こっち来てあたりっ」と優しげに言ってくれた親戚のおっちゃん。
母の義兄。
被災しながらにして、
他人に対してそんな優しい言葉をかけれる温かさ。
今思えば、
たき火のぬくもりよりも、
その言葉のぬくもりの方がこの心には残っている。
天に向かって昇るたき火の火の向こうに、
見たこともないような恐ろしい煙があがっていたあの空。
バチバチと・・・
寒い空の下で、暖をとったあの日。
そこに行く時に見た光景、
帰る時に見た光景・・・
よく遊びに行っていた頃との違った光景。
もうあの従兄弟のお父さん(母の義兄)は亡くなってしまった。
突然の訃報。
某職人さんということもあって手先も器用でね。
小学校の時の工作を手伝ってくれたこともあった。
手が込み過ぎて、
とても小学生の俺が自分で作ったとは誰も思ってくれないような
大作まで作ってしまったこともあった(笑)。
フェリーみたいな船だったんやけどね。
あれは大作やった。
モーター付きで、色まで付けてくれて。。。
ただただ、残念なのが、
うちのアホ兄が、風呂で浮かばせようとして
色が落ちてしまった。
どう考えても沈むに決まっているだろ!ばかもん!
って感じやったけどな。
当時の兄は予想以上にアホだった。
良く言えば真っ直ぐ。
たき火・・・。
またあたることはあるのかなー。
もうああいう状況にはなりたくないけど・・・
たき火を囲んで人が集まっている風景は、
見ているだけでも暖かい。
そんなことを思い出していた。
おっちゃん、ほんとにありがとう。
なんか毒舌なおっちゃんが嫌な部分もあったけど、
ほんまいろいろありがとう!。
突然過ぎて・・・
亡くなってからも何もしに行けていないけど・・・。
今度、近況報告しに行きますね。
おっちゃんは、もう次の人生を歩み始めているのかな?
またどこかで逢いたいです。
