2011年1月17日月曜日です。

あれから16年の今日、阪神淡路が大地震が起った。

まぁ・・・このブログを書きだしてから何度かこの日を迎えていますので、
何度も同じような記事を書いていますけどね。

今日は三宮の街を歩きながら、
ふと、16年前に同じ場所に居たことを思い出した。

16年前の1995年1月17日火曜日。
阪神淡路大震災が起った。

その前の日曜日1月15日、
部活の試合帰りに三宮で下車。
仲間たちと三宮の街で買い物していた。

覚えているのはJOINTっていう、
服の量販店?。そこで買い物したなー。

今でいう「しまむら」みたいなもんですか?
神戸にも数件あったけど・・・
どんどん無くなってますけどね。
三宮のあの日来た店も、今は「ZARA」。
その向かいにユニクロ。

そして・・・
阪神大震災の後に、高校生やった俺は自転車で山を越えて
訪れたのが三宮センター街のメインストリートととユニクロやらZARAに抜ける道が
交わるところ。
アーケードが崩れていたのはよく覚えている。

当時俺が住んでいた周辺は、同じ神戸でも全然大丈夫やったけどね。
まさか・・・中心地や親戚、祖母が住んでいる街があんなことになっているなんて・・・
発生当時は思いもしなかった。

ライフラインは完全ストップ。
連絡もつかない。
親戚や祖母の身を案じて向かおうにも・・・道路は大渋滞。


1階でコタツに入って深夜番組を見ながらそのまま寝てしまった高校2年の冬。

揺れで目覚めたのか、
弁当の準備をしている母親の悲鳴で目覚めたのか・・・
忘れたけど・・・
母親の悲鳴と、落ちてくる食器の音は覚えている。

1週間後ぐらいに控えていた修学旅行は中止。

高校生としては楽しみにしていた修学旅行が中止だなんて、悲しいことやけど、
それ以上に悲しいことが起こっていたのだから、それどころではない。

あの日を忘れてはいけない。

自分の中では、
あのようなことが近くで起こったら・・・
駆けつける覚悟。
自分に出来ることはしたい。

もちろん日本中どこでも行けたら良いけど・・・それは限度はあるから・・・
自転車などでかけつけられる場所に限るけどね。

あのがれきの下で、埋もれ助けを待っていた人が居たんやと
思うと・・・
なんだかやりきれない。

社会人になっているから・・・学生時代ほど自由は効かないから・・・
助けに行きたくてもいけないんやろうけど・・・

気持ちとしては次、そういうことがあったら助けに行きたい。

いざ現場で、目の前で助けられなかった時・・・
それはそれで辛い現実なんやろうけどね。
後ろ向きには考えてられないやろ。

あれだけのがれきを見たら・・・
どこから手を付けたら良いかも分からんやろうけどね。。。。

朝のニュースはこんなことになっていたなんて・・・
さっき探してみて知りました。
和やかな空気が一転↓。


こちらはこちらで、当時の記憶がよみがえる映像です。


身内や仲間を亡くした方を思えば、
どうこう語れた立場ではないし、
未だに癒えてないかたもたくさんいる。

街自体は元気になっているけどね。

あの頃生まれた人たちは、
高校生になっているってことか。

客観的に言えば早いと言えば早いのかも知らんけど・・・
苦しんでいる方を思うとそんなどころではない。

この日を迎えるたびに、
思い出し・・・今後の教訓にしないとあかん。

犠牲となった6,434名の方。。。
実際はもう少し多いのかもしれませんが・・・
改めてご冥福をお祈りしたい。

言葉足らず、表現不足で失礼があればお詫び申し上げます。