さてさて・・・
シリーズになっております長野の旅も
いよいよ大詰め。
今日は川中島古戦場ですぞ。
7月27日 15:37 川中島古戦場
5度にわたって繰り広げられた武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いの中で、
永禄4年(1561)の戦いの舞台になったのが八幡原だそうだ。
広いのかなーと思ったらそうでもなかった。
入ってすぐの地図(やったと思うけど・・・)を見ていると、
おじさんが声をかけてきた。
どうやらボランティアで案内をしている様子。
でも・・・おじさんの話をゆっくり聞いている時間が無いので、
「すいません、ちょっと時間がないので・・・」と丁重に
お断り。
ぜひ聞きたかったけどなー。
なんかかっこええ感じやったでおっちゃんw。
暑い中・・・待機している感じ。
うーん残念!。
18時過ぎぐらい発の電車に乗る予定やったんで・・・。
でも結果的に思ったより広くなかったから聞く余裕はあったかも
知れんなー。ますます残念。
では写真を挟みながら・・・
これです。
謙信が、もっとも信玄に近づいた瞬間。
これはけっこう歴史漫画なんかでも描かれてますよね。
風林火山の旗がまぶしい。
懸命に軍配で守る信玄。
攻める謙信。
今調べて知った話ですが、
謙信の攻撃を守った信玄の軍配。
「刀の跡が7カ所も付いていたことから、
この一騎打ちの跡を三太刀七太刀の跡」と言われているそうだ。
(ここ から拝借)。
信玄が・・・マトリックスのワンシーンの様ですね。
→実際は映画見てないくせに。
風林火山の旗の説明。
首塚。
説明を読むと、
謙信が、信玄に塩を送ったことにつながる由来が書かれているようです。
ええ話やねー。
「執念の石」。
上の説明に書かれている槍が
貫通したという岩。
貫通したという穴。
信玄の家臣、原大隅(はらおおすみ)が、執念の想いで
槍を投げていなかったら・・・
武田家の歴史は変わっていたことでしょう。
信玄は謙信にやられていた。。。。
上杉家の歴史も変われば、
武田家の歴史も変わる・・・
そうなれば今の世の中も少しは変わっていたんでしょうね。
歴史って絶妙。
抜けるとこんな風景。
抜けたところは公園でした。
誰やったかな。
佐久間象山先生って書いてるね。
江戸時代後期の方のようです。
トイレです。
謙信が信玄に迫ったのも・・・
かかっていた霧が、明けた瞬間の
奇襲攻撃だったそうな。
信玄は不意をつかれた訳ですな。
その霧に由来しているのでしょうか。
上のトイレの左手が駐車場になってまして、
無事1周。
もうちょっと・・・ってことで・・・
写真を撮りました。
入口。
最初に載せた写真は左側しか撮ってませんでしたね。
川中島合戦図。
信玄が、謙信の本陣に攻め込もうと、
大人数を投じていたけれど・・・
信玄はその裏をかいて、
手薄になった武田軍の正面に回っている
って意味ですかねー。
これは周辺マップ。
さてさて・・・
観光自体はここまで。
あとはいよいよ長野駅に向かいます。
最後の写真が15:59やから・・・
20分程の滞在でしたね。
続く。
※この記事は、一定期間過ぎましたら
実際に訪れた7月27日辺りに移します。
シリーズになっております長野の旅も
いよいよ大詰め。
今日は川中島古戦場ですぞ。
7月27日 15:37 川中島古戦場
5度にわたって繰り広げられた武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いの中で、
永禄4年(1561)の戦いの舞台になったのが八幡原だそうだ。
広いのかなーと思ったらそうでもなかった。
入ってすぐの地図(やったと思うけど・・・)を見ていると、
おじさんが声をかけてきた。
どうやらボランティアで案内をしている様子。
でも・・・おじさんの話をゆっくり聞いている時間が無いので、
「すいません、ちょっと時間がないので・・・」と丁重に
お断り。
ぜひ聞きたかったけどなー。
なんかかっこええ感じやったでおっちゃんw。
暑い中・・・待機している感じ。
うーん残念!。
18時過ぎぐらい発の電車に乗る予定やったんで・・・。
でも結果的に思ったより広くなかったから聞く余裕はあったかも
知れんなー。ますます残念。
では写真を挟みながら・・・
これです。
謙信が、もっとも信玄に近づいた瞬間。
これはけっこう歴史漫画なんかでも描かれてますよね。
風林火山の旗がまぶしい。
懸命に軍配で守る信玄。
攻める謙信。
今調べて知った話ですが、
謙信の攻撃を守った信玄の軍配。
「刀の跡が7カ所も付いていたことから、
この一騎打ちの跡を三太刀七太刀の跡」と言われているそうだ。
(ここ から拝借)。
信玄が・・・マトリックスのワンシーンの様ですね。
→実際は映画見てないくせに。
風林火山の旗の説明。
首塚。
説明を読むと、
謙信が、信玄に塩を送ったことにつながる由来が書かれているようです。
ええ話やねー。
「執念の石」。
上の説明に書かれている槍が
貫通したという岩。
貫通したという穴。
信玄の家臣、原大隅(はらおおすみ)が、執念の想いで
槍を投げていなかったら・・・
武田家の歴史は変わっていたことでしょう。
信玄は謙信にやられていた。。。。
上杉家の歴史も変われば、
武田家の歴史も変わる・・・
そうなれば今の世の中も少しは変わっていたんでしょうね。
歴史って絶妙。
抜けるとこんな風景。
抜けたところは公園でした。
誰やったかな。
佐久間象山先生って書いてるね。
江戸時代後期の方のようです。
トイレです。
謙信が信玄に迫ったのも・・・
かかっていた霧が、明けた瞬間の
奇襲攻撃だったそうな。
信玄は不意をつかれた訳ですな。
その霧に由来しているのでしょうか。
上のトイレの左手が駐車場になってまして、
無事1周。
もうちょっと・・・ってことで・・・
写真を撮りました。
入口。
最初に載せた写真は左側しか撮ってませんでしたね。
川中島合戦図。
信玄が、謙信の本陣に攻め込もうと、
大人数を投じていたけれど・・・
信玄はその裏をかいて、
手薄になった武田軍の正面に回っている
って意味ですかねー。
これは周辺マップ。
さてさて・・・
観光自体はここまで。
あとはいよいよ長野駅に向かいます。
最後の写真が15:59やから・・・
20分程の滞在でしたね。
続く。
※この記事は、一定期間過ぎましたら
実際に訪れた7月27日辺りに移します。
