高校2年生の1月15日(日)。
高校の部活の試合帰りに、神戸の街に寄っていた。
神戸の繁華街にはなかなか出る機会がなく、
試合帰りにチャンスがあれば寄っていた高校時代。
1月後半に修学旅行(スキー)を控えていたこともあり、
帰りに、冬山対策かなんかで服を見に行っていた。
当時はオサレには興味はあるけどあまり踏み出せないセブンティーン。
友達と数人で三宮センター街にあった「joint」。に寄ったのを覚えている。
まぁ当時では安くて無難な店ってところでしょうかw。
まぁ手持ち金も無かったからか、
特に何を買うことも無く、また次の日曜日に来よう!
そう思って帰宅の途に・・・。
翌日は月曜日。
普通に学校に行って部活をして帰ったんやろなぁ。
あんまり覚えていない。
月曜の夜は、何をしていたかは覚えていないが、
当時は1階のコタツでよく寝ていたんで、
その日もコタツで気づいたら寝てしまっていた。
そして、
目覚めは、オカンの悲鳴と経験したことのない
強烈な揺れ。
おそらくオカンの悲鳴が目覚めの理由としては
勝っていたと思う。
悲鳴と共に、食器がどんどん落ちていた。
それが1995年1月17日5時46分だった。
神戸の山を越えた街に住んでいたんで、
それほど被害も大きくなかったものの、
何が起こったのか分からず、急いで玄関から
寒い外に出た。
何事も無かったように穏やかだった。
山を越えたところが、
大変なことになっているなんて・・・
この頃は全然、分からなかった。
ライフラインも完全にストップしており、
テレビが見れない状況で
何が何だかさっぱり分からなかった。
父親が冷静だったのは覚えている。
ラジオで状況把握をしようとしていた。
