友人と談偶々、外食の怖さに話しが及んだ。つまり、食事を始めていたら、歯が入っていたという。歯といえば、当方にも覚えがある。私自身ではないが、日比谷で働いていた頃、夜食を摂りに地下街の蕎麦屋に入って卵丼を食べていたら、隣にいた客が店の者を呼び止めて歯らしいものが入っていると苦情を言っていた。これは客の食べ残した汁を鍋に戻して再利用しているのであろうかと推察した。この種の噂は、結構聞いたことがある。もともと、ぼてふりと言うのか、屋台では客の残した汁の処分に困るので、戻して再利用するという話しは一昔前にはちょいちょい聞いた。

そもそもの話しの発端は、有名なパン屋の食パンに鼠の破片が入っていたと言うかなり衝撃的なニュースだった。これは恐怖であるが、最近の製パンの工程は完全に自動化されていて、人間が数名しか工程に携わっていないという現状が、逆に災いであったということらしい。

その話しで思い出したことがあるが、まだ駆け出しのサラリーマン時代に苦手な先輩が居た。先輩の方でもこのままでは上手くないと思ったらしく、気を使ってくれて残業の末に私を飲みに誘ってくれた。居酒屋でビールをとって、先輩が更に煮物を二皿銘々分注文した。煮物は美味だった。私は食べ進む内に妙なものが入っていることに気づいた。これには困惑した。その場で、言おうかどうか迷ったが、結局食べ残した。それを見た先輩は不愉快そうな顔をしていた。

「君は好き嫌いが多いのか?」と彼は尋ねた。

何と答えたか、もう忘れたが、そしてそれだけでもないだろうが、私のサラリーマン時代は、あまり愉快なものではなかった。何十年もたった今でも、夜中にぽっかりと目を覚ました時などに、あの時はどうするのが最善の凌ぎ方であったのかと思い返すことがある。

冒頭の友人は、話しの接ぎ穂に、顧客など大切な人物と会食をした際に、相手の口から飛び出た食べ物のかけらが自分の皿などに入った時にどうするかと聞いてきた。似たような経験は私にもあった。仲良くしてくれた歳の離れた先輩が居たが、私と会食した際、歓迎の印にワインを注文してくれたことがある。この先輩も話に熱が入ると、食べた物がちょいちょい口から飛び出した。とある日もワインに浮いている先輩の口から飛び出した食べ物の破片を見ながら、有難くワインを飲んだ。話相手の友人も、同様にそのまま食事を進めたと言ったが、さて人間の出処進退としてはどんなものであろうか。

大谷 吉継は戦国時代を代表する花も実もある猛将であった。が、不幸にして業病に罹り体が不自由となった。このため容貌が変わってしまった。天正15年(1587年)、大坂城で開かれた茶会において、招かれた豊臣諸将は茶碗に入った茶を1口ずつ飲んで次の者へ回していった。この時、吉継が口をつけた茶碗は誰もが嫌い、後の者達は病気の感染を恐れて飲むふりをするだけであったが、三成だけ普段と変わりなくその茶を飲んだ。その事に感激した吉継は、関ヶ原において三成と共に決起する決意をした。石田三成は、恐らくは歴史上今までとかく過小評価され過ぎていると思うのだが、この大谷の決心もまた男の友情を感じさせて感動を呼ぶ。このように、食事などのちょっとしたミスは咎めようもないものであるが、流石に天下の大乱に繋がるとすれば、男の出処進退も難しいものではないか。