贔屓には理屈がない。例えば、昭和30年代というと、プロ野球かプロレスだった。子供のころは神戸に住んでいたが、プロ野球と言っても今のように猫も杓子も阪神てなことはなかった。南海ホェールズ、近鉄バッファローズ、阪急ブレーブス、大毎オリオンズと沢山の球団があった。だが、私は巨人が贔屓だった。父親は大毎オリオンズを応援していた。巨人には長嶋が入団して、輝いていた。当時の巨人軍にはセカンドとして広岡が守っていて華麗な守備だったのを記憶している。父親が球場に連れて行ってくれた。国鉄スワローズの金田が登板していた。ボールが早いのでびっくりした。

 昭和46年ごろ、とある街の地下街を歩いていた。その時喫茶店からニュースの声が流れ、長嶋の引退を知った。思わず私は立ち止まってしまったのだが、それは人は老いるのだということをまざまざと感じたからだった。

 俳優でも歌手でも贔屓はある。ただ昔のような破天荒な人物は居なくなったように思う。寂しい限りである。少しやんちゃな方が言いような気がするなあ。コンプライアンスも良いが、たいがいにしないと、政治家や経営者などを見ると、昔に比べて明らかに小粒になったようである。わが国の先行きを考えると寒心に堪えない。

 女優さんについては、芦川いずみということにしている。ああいうタイプの女優さんは今居ないように思うが、これも思い込みなのであろう。

 さて、子供のころ花いちもんめという遊びをしたことがある。いつも私は売れ残った。つまり、人気が無かったのである。幼稚園にあがり、それから小学校、中学校、高等学校、大学、さらに社会に出て会社勤めをした。私はどこか人に好かれていないという感覚を持っていた。友人でも好かれるタイプというのがあって、密かに羨ましく思っていた。その人たちのまねをしてみて、うまくいかないことで、さらに傷つぃたりしたものだ。自業自得なのだが。

 贔屓にされる、贔屓になるというのは、ひとつの才能だと思っている。それも努力の結果なのであろうが。