会社に入って、8年ほどたって自分が、明らかに出世街道から外されたことを感じた。毎晩足を引きずりながら帰宅し、何をどうしたらいいか分からず、酒と女に溺れて自堕落な生活を送っていた。そのころだったか、別れ際に女から「人間の屑」と面罵された。
ある夜、帰宅するとテレビで、村下孝蔵と言う男が「初恋」を歌っていた。と言うより、最初に歌が耳に飛び込んできたのだ。やや古いメロディーで、少々オセンチで、そして染み込むように心に届く歌だったのだ。その歌は、どんな男が歌っているのかと思い、見るともなしに見ると、自分とあまり変わらない中年に差し掛かった男だった。つまり、歌と男の風貌がミスマッチだったのだ。それから暫くは良くその歌を耳にした。ベストヒットだったのだろうが。それなりに忘れていた。それから何十年もたって、深夜放送で眠れぬままに耳にしたのが「初恋」だった。聞いていると、何かを置き忘れたような、何か大事なことを言い忘れているような、そんな気がした。そして、村下が、若くして亡くなっていたことを知った。早い晩年にして、彼はすでに自分の作る歌が古くなり、そして時代に追いついていないと感じ始めていたようだった。そうなのだ。もっと早く私も気づくべきだった。時は早々に私を追い越していたのだと。私も早い晩年を迎えていたのだと。