将来は東大医学部のトップに立つような医学部教授、矢作直樹氏。

「虚心坦懐に見ていると臨床現場をはじめこの世ではいろいろなことがあります。


私たちの予測と異なって明らかに助かって社会復帰することが無理と思われた症例が無事だったり、その逆だったりすることがしばしば起こります。また医療現場や身の回りでは憑依のような霊障を経験します。


このような事例は、交霊によりこの憑依をはずす(浄霊)と、もとにもどることも経験します。こうした経験と先人の教えから私たちのからだは目に見える体とその働きによる心のほかに、目に見えない意識体としての霊魂があることがわかります」

霊的現象を語る東大教授って??
やっぱり異端の存在・・・??

これまでの西洋医学を覆すかもしれない可能性について、現代医療の最先端で日夜活躍し、たくさんの人の命と向き合ってきた矢作先生の記事を紹介します。

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(ブログ:週刊代々木忠リンク より引用)

第225回 続・矢作直樹先生の話

 前回紹介した矢作直樹先生の講演「科学をはるかに超えた現実――救急医療の現場から」である。


 まず象徴的な事例として、ある日救急に運び込まれたAさん(若い女性)のケースがスライドとともに紹介される。彼女は自宅マンションの10階から飛び降りた。下はコンクリート。


ふつうは助からないのだが、体じゅうの骨(首を除く)が折れ、内臓も多少壊れることで、衝突のエネルギーが分散され、一命を取りとめた。


 元気になったAさんが当時のことをふり返る。じつは飛び降りる1週間くらい前から亡くなった人の声が聞こえたと言う。その声は「体を貸してくれ!」と言っている。Aさんは「やだ!」と拒否したが、声は執拗だったらしい。


 一緒に暮らしていたダンナさんに様子を訊くと、Aさんは突如人が変わったように本人が知っているはずのないことをまったく違う話しぶりで語ったと答えた。そして注意していたにもかかわらず、ちょっと目を離した隙に飛び降りてしまったと。


 似たような話を僕はこれまでにもいろいろなところで聞いてきた。いや、単に聞いただけでなく、撮影現場で女の子をトランスに入れれば、Aさんのように訳のわからないことを別人の声でしゃべり出し、暴れたり、自らの首を絞めたりする子たちと接してきた。


だから、Aさんの事例自体に新鮮さは感じない。新鮮だったのは、東大救急部部長が、たとえば幻聴という脳内現象としてではなく、「これは霊の憑依だ」という前提、つまり霊障(れいしょう)として話を展開したことである。


 実際、除霊による治療を年間600人から800人に施術している人の現場に、矢作先生自身も立ち会ってきたと言う。さらにはその能力が自分にも身についてきたと……。そのエピソードからも先生がスピリチュアル・ヒーリング(霊的な治療)の実効性を認めているのがわかる。


つまり「東大医学部教授」「東大病院部長」というポジションにいながら、西洋医学一辺倒ではなく、もっとズームバックして事の真髄を鳥瞰している人なのである。


 だから、代替医療の必要性にも言及されていた。代替医療とは、西洋医学以外の医療の総称として用いられる。

そこにはいろいろな療法が入ってくるわけだが、先生はより高次なものから順に、霊的な「スピリチュアル・ヒーリング」、


気功やレイキといった「サイキック・ヒーリング」、カイロプラクティクや鍼灸などの「マグネティック・ヒーリング」をあげられた。ただし、西洋医学を「治」とすれば、代替医療は「癒」であり、施術は「治」「癒」の順が望ましいと。


僕のまわりにも、ガンで医者から余命宣告されながら、代替医療で奇跡的に助かった人たちが何人かいる。


 この代替医療について聴講者からは、「利権構造が代替医療を封じ込めているのではないですか?」という質問が出た。それに対して矢作先生は明確にイエスとは答えなかったものの、否定もしなかった。


そして「利権構造を支えている国民にも問題があるんです」と答えたのである。


 これまでのインタビュー記事等で先生はさかんに、「なぜ自分が病気になったのか?」について、患者も医療にたずさわる者ももっと考えなければならないと述べている。


そして、「寿命が来れば人は死ぬ」という当たり前の現実が、人々の心から抜け落ちようとしている。だから今の医療はとかく結果だけを求めるけれど、「死」は決して負けではないと。


 人間の目に見えるものが可視光線という、きわめて限られた狭い範囲であることに前回ふれたが、矢作先生の講演を聴いていると、西洋医学が施術できる幅もまた限られているという印象を新たにした。


僕たちが生きているこの世界について、人はあらかたわかったつもりでいるけれど、サイエンスが解明できた領域はほんのわずかでしかないのだ。


 このブログの何回か前の「ナチュラル」で書いたように、僕は相反するもの同士が共存する時代に入ったと思っている。


これまでは通常医療(西洋医学)に対する代替医療だったわけだが、もし国が代替医療を認めたなら、医療形態は変わり、医療費も激減することだろう。なぜならば、代替医療には手術はもちろん、薬もいらないのだから……。


うーん、私がなぜこの年まで 病気をしないのか 考えてみた、、、。

たぶん ストレスがたまらない、ストレスとうまくつきあう 方法を 無意識に体得したんじゃないかな?


その心は?

1)貧乏する勇気があること、、。

 サラリーマン時代と比べて 収入は 半分に激減(営業だったから、まぁ稼げた)

でも、命あってのモノダネだから、、。


 今も会社に残ってる 元同僚たちは 私よりも 若いのに乳がんになり 子宮がんになり、、

その他は 鬱になり、、、。


今の時代は ある程度の 収入を確保しようと思ったら 病気のリスクを負わないといけないんだよ。

この分野はけっこうむずかしいですよね。

『こんなにすごい自然治癒力』
共認充足とは、期待と応合が表裏一体で、相手の意識と自身の意識を重ね合わせて得られる充足感覚です。対自然に対して全く無力の始原人類は、500万年に亘り洞窟に隠れ住んでいましたが、その大部分は火が使用されない真っ暗な状況で、仲間同士の共認充足をより高めていったのです。


暗闇の中での意識の重ね合わせには、波動情報も使われていたのではないか?と推察されます。

相手の意識を捉え、自身の意識を伝え、それが同じであることで充足し、その充足感覚が、より一層お互いの“想い”を強く、深く(増幅)していく。それを繰り返すことにより、“想い”の受信、発信機能を磨いていったのではないでしょうか。

このことから、

共認機能による充足感覚が“想い”≒「気」の増幅装置の一つであり、共認充足を求める行為こそが、“想い”≒「気」の送受信機能を高めることに繋がったのではないかと思われます。

ヒーリング等の手当ての際や、気功師が治療する前に、手に意識を集中させたり、イメージを高めたりするのも、増幅機能を高め送受信機能を呼び起こすためだと思われます。

もしかして これで 自然に通り魔のくる方向を避けて 通ったりできるだろうか、、。


伊丹市の投票用紙。回数と執行年の記載なし。

こんなものを使ってもいいのか?

古い用紙を隠しておいて使いまわしできることになってしまう。

PP合成紙なら経時変化を防げるから採用している?

他の兵庫県内でも同じ用紙が使われているのか?

立会人、参観者、投票者諸氏の情報を! 情報感謝。
過去には こんなこともありました、、。
もしも 余剰投票用紙を ストックして
次の選挙で使い回ししてたとしたら、、?