首都高速。

 

 

フェアレディZ。

 

運転席にボク。

 

助手席には「おむすび君」だ。

 

 

ダッシュボードの時計は4時過ぎ・・・・・あと少しで夜も明けてくる。

 

 

週末とはいえ深夜。・・・・すでに早朝か。

 

交通量はまばら。

 

 

乗用車はほとんどいない。

 

陸送トラックもいない。

 

・・・・たまに走っているのは「首都高ランナー」と呼ばれる改造車たちだ。・・・・まぁ、ボクもそのひとりってことだろう。

 

 

 

前後に車はいない。

 

 

右側車線を快調に突っ走る。

 

 

 

「ガツン!!」

 

 

 

時折、路面からの突き上げ。

 

 

首都高速には、道路の「継ぎ目」がある。

 

そこを乗り越える度に衝撃がくる。

 

 

 

足回りは買ったまま。ノーマルのままだ。

 

それでも、

 

 

「フェアレディ Z」

 

 

そもそもが、「特別仕様車」・・・・つまりは、スポーツモデルなわけで、

 

足回りは「硬い」

 

 

首都高の、路面の継ぎ目、衝撃、突き上げをモロに受けた。

 

 

 

湾岸線に入っていく。

 

 

右ウィンカーを出して側道へ。

 

 

ギアを、

 

5速から、一気に3速まで落としてカーブに侵入していく。

 

 

 

「ガオン!!」

 

 

 

回転数の上がったエンジンが唸る。

 

 

 

右への、

 

かなりのカーブだ。・・・・・急カーブって言っていい。

 

 

カーブの頂点近くで、再びアクセルを入れる。・・・・微かに、だ。トラクションをかけるためにだ。

 

 

「ガツン!!」

 

 

ここに路面の継ぎ目がある。

 

鉄製の継ぎ目を踏んで Z が微かに跳ぶ。・・・・・「すっ跳ぶ」って表現のが正しい。

 

 

アスファルトから、「鉄」

 

いきなりグリップを失ったタイヤが滑るんだった。

 

 

遠心力で左側に振られる。

 

 

「うわぁ!!」

 

 

おむすび君が悲鳴を上げた。

 

 

すぐに、グリップを取り戻したタイヤが、路面を噛む。・・・・・そのための「アクセルON」だった。

 

そうしないと、車は、壁まですっ跳んでいってしまう。

 

 

 

このコース。

 

ここが怖い。

 

オーバースピードで突っ込めば、見事に壁にヒットする。

 

 

壁には、

 

 

「強者どもの跡」

 

真っ黒な事故跡が、いくつもついている。

 

 

 

Z は合流へのストレートを駆け抜けていく。

 

 

右側に本線が見えてくる。

 

合流する湾岸線にも車はいない。

 

 

合流。

 

 

アクセル全開。

 

 

3速。

 

4速。

 

5速。

 

 

「プシューーーーーーー!!!」

 

 

ターボの、

 

派手なリリース音が響く。

 

 

Z はほとんどノーマルで乗っていた。

 

数少ない改造部分がこれだった。

 

 

ターボのタービン交換。

さらにブーストアップ。

 

 

300馬力を超えるまでにパワーアップしてあった。

 

 

 

・・・・もういっこ交換してるのがマフラーだった。

 

 

 

V6・3000cc エンジンの野太い咆哮。

 

 

 

「ひぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~!!!」

 

 

 

おむすび君の、目を見開いた、ひきつった顔。

 

 

 

しばらく走れば、海底トンネルに入って行く。

 

 

入り口は急な下り坂。

 

 

黄色い照明が左右に流れ去っていく。

 

 

トンネル。

 

 

スポーツマフラーからの、

野太いエンジン音が、閉鎖空間、壁に反響してにこだまする。

 

 

すぐに、上り坂。

 

 

 

・・・・・・ちょいとしたジェットコースターだ。

 

いいや、

 

ジェットコースターよりも・・・・何十倍もの刺激。

 

 

 

「・・・・・・す・・・すげぇ・・・・・」

 

 

おむすび君が、目を輝かせてつぶやく。

 

 

 

・・・・・あれ以来。

 

 

休みの日。

 

おむすび君と一緒のことが多かった。

 

 

ボクが、おむすび君の部屋に入り浸っていることが多かった。

 

 

 

 

寮は、

基本「2人部屋」だ。

 

 

おむすび君は、転勤でやってきたため、1人部屋だった。

 

 

 

ってことで、

 

部屋を好き勝手に使っていた。

 

 

なんとも羨ましい。

 

 

 

ボクが寮を出たのは、

 

何といっても、

 

 

「2人部屋」の息苦しさからだった。

 

 

2人部屋だと、好き勝手にはできない。

 

 

テレビを見るのも「合意」が必要だ。

 

 

他にも「冷蔵庫」

 

・・・・「共有物」ってのが、かなりあって、・・・・・そもそもスペースが「共有」だからな。

 

 

「6畳1間」をふたりで共有する。

 

 

 

・・・・・で、

 

 

おむすび君は

 

 

「1人部屋」

 

 

部屋は「好き勝手」の産物だった。

 

 

もう、

 

んとに、「1人暮らし」で使っていた。

 

 

・・・・・で、

 

なにより驚いたのは、

 

 

「壁」

 

「天井」

 

 

隙間なく埋められた・・・・・張り尽くされた「ポスター」だ。

 

 

 

「アイドル」のポスター。

 

 

 

これが、また、

 

 

お世辞にも。

 

 

「売れてる」

 

 

そう言えないアイドルだった・笑。

 

 

・・・・・んで、「美人」でも「可愛い」ってわけでもない。・・・・まぁ、ボクから見ればってことだけど・笑。

 

 

「アイドル」だから、とーぜんと言えば、当然なんだけど、

 

服装が、

 

なんだか、「現実離れ」してるし、・・・・・なんだか、背中に「羽」とか付けてるような・・・・笑。

 

んで、

 

なんといっても、「タレ目」が、どうにもこうにも・・・・う~~~ん・・・何と言えばいいんだろうか・・・・

 

 

 

「どこがいいんだよ。・・・・なんかバカっぽくねーか???笑」

 

 

「失礼な!!!メチャメチャ可愛いわ!!!」

 

 

 

おむすび君は本気で怒るんだった。

 

 

「本気」だ。

 

 

テレビに出てる「アイドル」が好き・・・・そういう感じじゃなかった。

 

 

「恋してる」って顔だった。

 

 

 

・・・・なんだかなぁ・・・

 

 

ボクから見れば、

 

スナックで、おむすび君の世話をかいがいしく焼いていた女の子のほうが、よっぽど美人さんだと思う。

 

・・・・じっさい、彼女のおむすび君を見る眼は、

 

「好きです」

 

そう告白している。

 

 

たぶん、

 

 

「つきあおうぜ」

 

 

言えば、即答OKだろうって思う。

 

 

けど、

 

おむすび君には、

 

全く興味はないらしい。・・・・・ひょっとして「リアル女の子」は苦手とかか・笑。

 

 

・・・・確かに、

 

なんか、

 

高校生の時に、

 

 

「彼女がいました」

 

 

って感じじゃない・笑。

 

 

 

まぁ、

 

アイドルとして、テレビに出て、歌だって出してるわけで・・・・

 

 

だから、

 

 

「可愛くない」ってのは、あくまでボクの主観で、

 

 

世間的には、

 

 

「好き」

 

 

ってヤツもいるんだろう。

 

 

・・・・・事実、おむすび君は、

 

 

「熱狂的なファン」だった。

 

 

 

壁、天井、・・・・・どころじゃない、

 

押し入れの中まで・笑。

 

 

とにかく、

 

建物の下地が全く見えないほどに、ポスターで埋め尽くされている。

 

 

 

・・・・・・で、

 

 

絶えず、

 

 

「歌」が流れていた。

 

 

発表された、数少ないアルバムが、エンドレスで流れていた。

 

 

んで、

 

本人は、

 

いつも、「ご機嫌」で鼻歌だった・笑。

 

 

 

・・・・・けど、

 

ファンでもなんでもないボクは頭が痛くなる・笑。

 

 

舌ったらずの、

 

 

 

「私って可愛いでしょ???」

 

 

そう自惚れた、

 

下手くそな歌を聞いていると、イライラしてくる・笑。

 

 

 

ってことで、

 

最近は出かけることが多い。

 

 

・・・・・そして、

 

車で、

 

 

フェアレディ Z  で出かける。

 

 

 

おむすび君は、東京にきたばかりだ。

 

 

東京案内を兼てドライブに出かけた。

 

 

・・・・・なかでも、

 

 

とうぜんに、

 

 

20代の健全男子だ。

 

 

こうして、首都高を走るのが、最もお気に入りだった。

 

 

 

おむすび君も、 フェアレディ Z  を気に入っていた。

 

 

・・・・まぁ、何といっても、国内最高峰のスポーツカーだ・・・・・たっかいしな。

 

 

とても、ボクのような「小僧っこ」が買える車じゃない。

 

ボクも、

 

「残業300時間」ってな給料じゃなきゃ買えなかった。

 

 

 

・・・で、

 

残業もそんなにない、

 

給料の安い「おむすび君」にとっては、

 

 

「夢のスポーツカー」ってわけだった。

 

 

300馬力を叩き出す「スーパーカー」って感じらしい。

 

 

 

首都高速。

 

助手席で、

 

目を輝かせて乗っていた。

 

 

 

 

陽が昇ってきた。

 

明るくなっていた。

 

 

 

寮に送っていった時には、7時前だった。

 

 

寮の入口で Z を停めた。

 

 

 

「このまま行くのか?」

 

 

「ああ、ちょうどいい時間だよ。このまま行く」

 

 

「そうか・・・・ボクは帰って寝る・・・・

 

寝てないんだから気をつけろよ」

 

 

「うん。ありがとうね」

 

 

おむすび君が降りる。

 

 

 

ボクは、片手を上げて フェアレディZ を走らせた。

 

 

 

駐車場は、すぐそこだ。

 

 

 

Z を降りて歩き出す。

 

 

 

チュンチュン・・・・

 

 

朝の雀が鳴いている。

 

 

 

「はぁ~~~ぁぁぁ・・・・・・・・・」

 

 

アクビをしながら歩く・・・・

 

 

 

後ろからバイク・・・・・・「2ストロークエンジン」の軽い音が聞こえてくる。・・・・うるさい蝉みたいな音だよな。

 

 

 

すぐに追い抜かれた。

 

 

 

「原付」だ。

 

 

50CCだ。

 

それでも、「スポーツタイプ」のバイクだ。

 

・・・・・そいつに、大きな男が乗っていた。

 

 

後ろ姿。

 

 

 

「サーカスの熊」に見えた。

 

 

 

サーカスで、

 

小さなバイクに跨った、大きな熊を見たことがある。・・・・・あれにソックリだと思った。

 

 

追い抜いて行った「熊」が片手を上げた。

 

 

 

熊は「おむすび君」だった。

 

 

 

ヤツが寝ないで向かうのは都心だ。

 

 

都心のテレビ局。

 

 

「アイドル」の、

 

 

「入り待ち」

 

「出待ち」

 

 

をするんだった。

 

 

 

俗にいう、

 

 

 

「親衛隊」だった。

 

 

・・・・・「有名」らしい。

 

 

・・・・・そもそものファン数が少ないんじゃねーの??笑。

 

 

前から、熱烈な「追っかけ」で、

 

東北勤務時代から、

 

東京にやってきては、

 

「追っかけ」をやってたらしい。

 

 

 

んで、

 

 

東京に転勤になってからは、

 

 

毎週、毎週、毎週、毎週、毎週、毎週、毎週、テレビ局通い、

 

 

今や、

 

 

「親衛隊長」らしい・笑。

 

 

 

「今日は、3回眼が合ったんだ・・・・」

 

「今日は、2回微笑んでもらったんだ・・・・」

 

 

 

恋する乙女の熊が言っていた・笑。

 

 

そりゃ、

 

毎週毎週、勝手にやってきて、

 

 

「入待ち」「出待ち」

 

 

交通整理をやってたりするんだ。

 

顔は覚えられてるだろうし、

 

 

眼が合うこともあるだろうさ・笑。

 

 

微笑みじゃなく、

 

 

「笑われて」んじゃねーのか???笑。

 

 

 

 

たぶん、

 

ふつーは、

 

そーゆーの、

 

ストーカーって言うんだぜ・笑。

 

 

ボクは、言わないけれどさ・笑。

 

 

 

 

飲み屋での「大立ち回り」

 

 

とても、

 

同じ人物だとは思えない、純朴な青年だった・笑。

 

 

 

・・・・そして、

 

 

「サーカスの熊」

 

 

そんな姿が、

 

死んだアイツに似ていたんだった。