「氣塾」主宰の木村です。
いつも当ブログを読んで頂き、誠にありがとうございます。
過去ブログの「ブログ専用サイト」へのアーカイブ化が
ようやく完了いたしまして、まもなく当ブログは数ヶ月の
移行期間を置いて「アメーバブログ」からブログ専用サイト
である「古式マスターヨーガ 本当に使える氣の正体」の
方に移行して参ります。「移行」しますと同時にアメブロの
アカウントの方は削除いたしますので、読書の皆様におかれ
ましては、「新サイト」への移行、ブックマーク又はホーム
画面への追加をよろしくお願いいたします。
★新ブログサイトはこちら→ https://master-yoga.net
本日は全く普通のスケジュールです。普通にガッツリ
23時まで参ります。睡眠時間は大分補給出来ました。
さて本日のお話しは《再解説、本当の「中庸」の意味》
の最終話(道教の行、仏教の法、儒教の礼で修めなさ
い)ですね。
《道教の行、仏教の法、儒教の礼で修めなさい》
我が「師父」、「陳 正明 老師」が常々私に言って聞
かせた「言葉」があります。
《「身を修める」ためには「道教の行」「仏教の法」
「儒教の礼」を学ばなければいけない。》
この全てを「修めなければ」人として「成らない」
ということです。「中庸の徳」とは、あらゆる「両
極の価値観」の「間」にこそ、必要な「真理」があ
るということです。それは「ポジティブとネガティ
ブ」「革新と保守」「運動と静止」「敏感と鈍感」
「温暖と寒冷」そして「開始と終了」。
全て「どちらか」が「正解と間違い」ではなく、
万物には「必要」であり「陰と陽」と同じ「表裏」
なのです。「修行者」は「この世」で生きていく
中で、その「両極の価値観」の「必要性」を知り、
どちらかに「偏らない」ように「平均台の上」を
「バランス」を取って「歩こう」とします。
全ては「現象」による「経験」により「学び」は
「深まって」いきます。
《あらゆる「価値観」の「必要性」を身をもって
「体験」を「重ねる」中で、その「両極の価値観」
を「腑に落とし」我がものと出来たとき、始めて
その「両極の価値観」を自らの両足で「またいで」
踏ん張り、立つことが可能になるのです。》
この「またいで立つ」ことの「効果」は非常に
「大きい」。これを真に「体得」出来るようにな
ると、全ての「周りの現象」は「一変」します。
途端にあらゆる物事が「スムーズ」に流れていく
ようにもなるのです。それまで「足元に絡みつき」
「現象化の妨げ」であった「粘ついた空気感」は
一気に「暖かく、澄んだ」ものに変わりますから
不思議なものです。
そして、それは大きな「我の減衰」をも意味して
います。沢山な「価値観」を身に付けるのですか
ら一つの「価値観」に「固執」する必要が無くな
る、つまり「自らの思考に縛られない」からです。
そうなると「精神」も本当に「楽になる」
《同時に「現象」が綺麗に流れることは当然「不
安や恐れ」も一気に「減衰」し、それが本当の
意味での「楽観視」をもたらしてくれるのです。》
我が「お師匠達」を始め、何かを「成し得た」人達
には、必ずこの「中庸の徳」と「楽観」が有りまし
た。よって、だからこそ「そのような人」に成り得
たとも言える訳です。長々と話してきましたが、
結論として
《やはり「中庸」とは、単に「理想的バランス」で
はなく「徳」、一つの「境地」であり「現象化」の
為の「技術」、「成功法則」であり「安楽の術」だ
と言えるのです。》
でも、決してこれで「終わり」という訳ではありま
せん。全ては「無極」ですから「上の上」はまだま
だ有ります。「それとは何か?」と聞かれますと、
《それは「誠の徳」です。それは「五条の徳」を始
め、あらゆる「徳」を得る為の「基本概念」であり、
大きな「能力」だと言えます。》
これも、また、別に後日「解説」いたしましょう。
いかがでしょうか?この《「両極」をまたいで立つ》
こそ「中庸の徳」の正体と言えます。これを真に体
得しようと思えば、自分が一つ「正しい」と分かっ
たとしても、それに留まらず《真逆もまた真なり》
に沿って、真逆の物事を「検証」して《「真理」の
「多面性」》を何度も「検証確認」して腑に落とす
事を繰り返さなければ、これは「体得」出来ません。
莫大な「思考実験」によってのみ「成り立つ徳」だ
と言えます。こんなの普通の人達はしませんよね?
だから「民に少なくなって久しい」と言われるので
す。結局のところ「中庸」とは「求道者」「哲学に
生きる人達」にとっての「専売特許」だと言えるの
ではないでしょうか?
《さあ「チャクラ」のスイッチを入れましょう!!
「氣塾」では「2番チャクラ=丹田」から順に各チャク
ラを「稼働」させ「覚醒」させる事が「遠隔、対面」
どちらの方法でも「最短時間で可能」になっています。
また「遠隔レッスン」により各種「呼吸法」も「マス
ター」して頂けます。》
では、新たな「テーマ」に移りましょう!!
《「気持ちが弱い」「気持ちが沈む」「更に気を強く
したい」どの様な方々においても「氣塾」は「気脈の
詰まり取り」を先ずお勧めします。「気脈の詰まり取
り」により「気」の流れが改善され、「気」が旺盛に
「体内」を流れる事は「気の滞り」を無くし「精神力
強化」の為の「最初の第一歩」として非常に重要な事
です。尚この「気脈の詰まり取り」は「対面での個人
施術」と「スカイプ等の遠隔施術」どちらでも同じ様
に可能ですのでお気軽にお問い合わせ下さいませ。》
(「氣塾、気脈の詰まり取り施術、対面個人¥12000、
遠隔初回¥10000、2回目以降¥5000)
★続きはこちらをクリック→https://master-yoga.net
いつも当ブログを読んで頂き、誠にありがとうございます。
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本日は全く普通のスケジュールです。普通にガッツリ
23時まで参ります。睡眠時間は大分補給出来ました。
さて本日のお話しは《再解説、本当の「中庸」の意味》
の最終話(道教の行、仏教の法、儒教の礼で修めなさ
い)ですね。
《道教の行、仏教の法、儒教の礼で修めなさい》
我が「師父」、「陳 正明 老師」が常々私に言って聞
かせた「言葉」があります。
《「身を修める」ためには「道教の行」「仏教の法」
「儒教の礼」を学ばなければいけない。》
この全てを「修めなければ」人として「成らない」
ということです。「中庸の徳」とは、あらゆる「両
極の価値観」の「間」にこそ、必要な「真理」があ
るということです。それは「ポジティブとネガティ
ブ」「革新と保守」「運動と静止」「敏感と鈍感」
「温暖と寒冷」そして「開始と終了」。
全て「どちらか」が「正解と間違い」ではなく、
万物には「必要」であり「陰と陽」と同じ「表裏」
なのです。「修行者」は「この世」で生きていく
中で、その「両極の価値観」の「必要性」を知り、
どちらかに「偏らない」ように「平均台の上」を
「バランス」を取って「歩こう」とします。
全ては「現象」による「経験」により「学び」は
「深まって」いきます。
《あらゆる「価値観」の「必要性」を身をもって
「体験」を「重ねる」中で、その「両極の価値観」
を「腑に落とし」我がものと出来たとき、始めて
その「両極の価値観」を自らの両足で「またいで」
踏ん張り、立つことが可能になるのです。》
この「またいで立つ」ことの「効果」は非常に
「大きい」。これを真に「体得」出来るようにな
ると、全ての「周りの現象」は「一変」します。
途端にあらゆる物事が「スムーズ」に流れていく
ようにもなるのです。それまで「足元に絡みつき」
「現象化の妨げ」であった「粘ついた空気感」は
一気に「暖かく、澄んだ」ものに変わりますから
不思議なものです。
そして、それは大きな「我の減衰」をも意味して
います。沢山な「価値観」を身に付けるのですか
ら一つの「価値観」に「固執」する必要が無くな
る、つまり「自らの思考に縛られない」からです。
そうなると「精神」も本当に「楽になる」
《同時に「現象」が綺麗に流れることは当然「不
安や恐れ」も一気に「減衰」し、それが本当の
意味での「楽観視」をもたらしてくれるのです。》
我が「お師匠達」を始め、何かを「成し得た」人達
には、必ずこの「中庸の徳」と「楽観」が有りまし
た。よって、だからこそ「そのような人」に成り得
たとも言える訳です。長々と話してきましたが、
結論として
《やはり「中庸」とは、単に「理想的バランス」で
はなく「徳」、一つの「境地」であり「現象化」の
為の「技術」、「成功法則」であり「安楽の術」だ
と言えるのです。》
でも、決してこれで「終わり」という訳ではありま
せん。全ては「無極」ですから「上の上」はまだま
だ有ります。「それとは何か?」と聞かれますと、
《それは「誠の徳」です。それは「五条の徳」を始
め、あらゆる「徳」を得る為の「基本概念」であり、
大きな「能力」だと言えます。》
これも、また、別に後日「解説」いたしましょう。
いかがでしょうか?この《「両極」をまたいで立つ》
こそ「中庸の徳」の正体と言えます。これを真に体
得しようと思えば、自分が一つ「正しい」と分かっ
たとしても、それに留まらず《真逆もまた真なり》
に沿って、真逆の物事を「検証」して《「真理」の
「多面性」》を何度も「検証確認」して腑に落とす
事を繰り返さなければ、これは「体得」出来ません。
莫大な「思考実験」によってのみ「成り立つ徳」だ
と言えます。こんなの普通の人達はしませんよね?
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す。結局のところ「中庸」とは「求道者」「哲学に
生きる人達」にとっての「専売特許」だと言えるの
ではないでしょうか?
《さあ「チャクラ」のスイッチを入れましょう!!
「氣塾」では「2番チャクラ=丹田」から順に各チャク
ラを「稼働」させ「覚醒」させる事が「遠隔、対面」
どちらの方法でも「最短時間で可能」になっています。
また「遠隔レッスン」により各種「呼吸法」も「マス
ター」して頂けます。》
では、新たな「テーマ」に移りましょう!!
《「気持ちが弱い」「気持ちが沈む」「更に気を強く
したい」どの様な方々においても「氣塾」は「気脈の
詰まり取り」を先ずお勧めします。「気脈の詰まり取
り」により「気」の流れが改善され、「気」が旺盛に
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です。尚この「気脈の詰まり取り」は「対面での個人
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