「氣塾」主宰の木村です。
いつも当ブログを読んで頂き、誠にありがとうございます。
過去ブログの「ブログ専用サイト」へのアーカイブ化が
ようやく完了いたしまして、まもなく当ブログは数ヶ月の
移行期間を置いて「アメーバブログ」からブログ専用サイト
である「古式マスターヨーガ 本当に使える氣の正体」の
方に移行して参ります。「移行」しますと同時にアメブロの
アカウントの方は削除いたしますので、読書の皆様におかれ
ましては、「新サイト」への移行、ブックマーク又はホーム
画面への追加をよろしくお願いいたします。
★新ブログサイトはこちら→ https://master-yoga.net
今日は30日、いよいよ年末感が増して来ました。市
場や商店街は人でいっぱいです。私もあれこれと食
料品を確保に走りました。夜は弟子への座学授業で
す。さて本日のお話しは《知識に対する釈尊の見解、
牛飼いの牛の話し》です。
《釈迦尊の見解、牛飼いの牛は飼い主のもの》
《では、正しい「知識」のあり方、とはどういったものを
言うのでしょう?》
「知識」として「探究」する「仏教」の「知識」とは、
人がその「一生」をかけても「尽きない」程の「経典、
注釈、論書」が存在し、更に「各宗派の教説」も存在しま
すから「莫大な情報量」となります。よって殆どの人達は、
「学問」としての「仏教」を「学美」、それによる「快感」
を得るだけで終わってしまいます。つまり、その人達は
《「仏教」で言うところの「本当の幸福」》を「体験」
する事は出来ていない、とされます。
《「知識人として認められるだけ」「宗教的論争に勝つ為
だけ」の「目的」で「仏教」を「学ぶ」ことを「釈迦尊」は
厳しく「戒めました」。》
《「テーラワーダ仏教」によれば、「仏教」は衆生の役に立つ
実践的な教えであり、「実践する行者」は現世における幸福
から、更に「高次元の幸福」へと確実に進む事が出来ると
されます。》
「釈迦尊」は以下のように「知識欲」に対して説いています。
《たとえ「聖典」を多く教え、説いたとしても、これを
「実行せず」、なおざりにしている人は、まことに虚しく
「飼い主の牛」を教えている「牛追い」のように、
「沙門の味わい(仏弟子の分け前)」、「解説」を味わう
ことはない。》
「牛」を沢山飼うことは「釈迦尊」の時代の「インド」では
「豊かさの象徴」でした。豊かな知識で「仏教」を理解して
いても、それを「実践しない人」は、その日の給料の為に
「他の人の牛」を丁寧に飼育している「雇われ人」と同じで
ある。その人の周りには確かに「牛」は沢山いて豊かに見えは
するが、牛は彼のものではなく、上がる利益は「雇い主」の
ものであり、日給を貰えば彼にとって「牛」は何の関わりも
無く、「牛」に対して何の「権利」も持たない。
《つまり、最終的には、豊かな「知識」で「仏教」を理解
していても、それを「実践しない人」は、何の「徳」も
得ることはない。》
「インプット」するだけで「アウトプット」しない人には
「徳」は無し、ということです。
「仏教」というものは、得ようとする「知識」の「実用性」
と「実践性」をよく確認することを求め、仮にその「知識」
が「少なく」とも、その「知識」を「実践」することに
「意義」を求めます。「知識欲」を満たす為に「知識」を
追うことは「無意味」であり、自分にも他人にも「害」が
及ぶ「知識」は予め避ける。まあ、考えてみれば当たり前
のことではありますが、この「知と行」「認識と実践」の
考え方は、後の近代中国における「儒学」の「道徳思想」
《「陽明学」の「知行合一」、「朱子学」の「先知後行」》
この「考え方」につながっていくのです。
いかがでしょうか?「牛飼い」が牛の世話をしていて
も、それは「牛飼い」の牛ではなく「飼い主の牛」で
ある。「知識」も同じく「経験、検証」する事により
初めて「その人のもの」になり、それをしないうちは
何処までも「○○らしいよ?」にしか過ぎない、その
人のものではない、という事を表しています。よって
「実践」の無い「インド哲学」の追求も然り、何処ま
でも理解出来ないものとして「残る」という事です。
《さあ「チャクラ」のスイッチを入れましょう!!
「氣塾」では「2番チャクラ=丹田」から順に各チャク
ラを「稼働」させ「覚醒」させる事が「遠隔、対面」
どちらの方法でも「最短時間で可能」になっています。
また「遠隔レッスン」により各種「呼吸法」も「マス
ター」して頂けます。》
更に、続けていきましょう!!
《「気持ちが弱い」「気持ちが沈む」「更に気を強く
したい」どの様な方々においても「氣塾」は「気脈の
詰まり取り」を先ずお勧めします。「気脈の詰まり取
り」により「気」の流れが改善され、「気」が旺盛に
「体内」を流れる事は「気の滞り」を無くし「精神力
強化」の為の「最初の第一歩」として非常に重要な事
です。尚この「気脈の詰まり取り」は「対面での個人
施術」と「スカイプ等の遠隔施術」どちらでも同じ様
に可能ですのでお気軽にお問い合わせ下さいませ。》
(「氣塾、気脈の詰まり取り施術、対面個人¥12000、
遠隔初回¥10000、2回目以降¥5000)
★続きはこちらをクリック→https://master-yoga.net
いつも当ブログを読んで頂き、誠にありがとうございます。
過去ブログの「ブログ専用サイト」へのアーカイブ化が
ようやく完了いたしまして、まもなく当ブログは数ヶ月の
移行期間を置いて「アメーバブログ」からブログ専用サイト
である「古式マスターヨーガ 本当に使える氣の正体」の
方に移行して参ります。「移行」しますと同時にアメブロの
アカウントの方は削除いたしますので、読書の皆様におかれ
ましては、「新サイト」への移行、ブックマーク又はホーム
画面への追加をよろしくお願いいたします。
★新ブログサイトはこちら→ https://master-yoga.net
今日は30日、いよいよ年末感が増して来ました。市
場や商店街は人でいっぱいです。私もあれこれと食
料品を確保に走りました。夜は弟子への座学授業で
す。さて本日のお話しは《知識に対する釈尊の見解、
牛飼いの牛の話し》です。
《釈迦尊の見解、牛飼いの牛は飼い主のもの》
《では、正しい「知識」のあり方、とはどういったものを
言うのでしょう?》
「知識」として「探究」する「仏教」の「知識」とは、
人がその「一生」をかけても「尽きない」程の「経典、
注釈、論書」が存在し、更に「各宗派の教説」も存在しま
すから「莫大な情報量」となります。よって殆どの人達は、
「学問」としての「仏教」を「学美」、それによる「快感」
を得るだけで終わってしまいます。つまり、その人達は
《「仏教」で言うところの「本当の幸福」》を「体験」
する事は出来ていない、とされます。
《「知識人として認められるだけ」「宗教的論争に勝つ為
だけ」の「目的」で「仏教」を「学ぶ」ことを「釈迦尊」は
厳しく「戒めました」。》
《「テーラワーダ仏教」によれば、「仏教」は衆生の役に立つ
実践的な教えであり、「実践する行者」は現世における幸福
から、更に「高次元の幸福」へと確実に進む事が出来ると
されます。》
「釈迦尊」は以下のように「知識欲」に対して説いています。
《たとえ「聖典」を多く教え、説いたとしても、これを
「実行せず」、なおざりにしている人は、まことに虚しく
「飼い主の牛」を教えている「牛追い」のように、
「沙門の味わい(仏弟子の分け前)」、「解説」を味わう
ことはない。》
「牛」を沢山飼うことは「釈迦尊」の時代の「インド」では
「豊かさの象徴」でした。豊かな知識で「仏教」を理解して
いても、それを「実践しない人」は、その日の給料の為に
「他の人の牛」を丁寧に飼育している「雇われ人」と同じで
ある。その人の周りには確かに「牛」は沢山いて豊かに見えは
するが、牛は彼のものではなく、上がる利益は「雇い主」の
ものであり、日給を貰えば彼にとって「牛」は何の関わりも
無く、「牛」に対して何の「権利」も持たない。
《つまり、最終的には、豊かな「知識」で「仏教」を理解
していても、それを「実践しない人」は、何の「徳」も
得ることはない。》
「インプット」するだけで「アウトプット」しない人には
「徳」は無し、ということです。
「仏教」というものは、得ようとする「知識」の「実用性」
と「実践性」をよく確認することを求め、仮にその「知識」
が「少なく」とも、その「知識」を「実践」することに
「意義」を求めます。「知識欲」を満たす為に「知識」を
追うことは「無意味」であり、自分にも他人にも「害」が
及ぶ「知識」は予め避ける。まあ、考えてみれば当たり前
のことではありますが、この「知と行」「認識と実践」の
考え方は、後の近代中国における「儒学」の「道徳思想」
《「陽明学」の「知行合一」、「朱子学」の「先知後行」》
この「考え方」につながっていくのです。
いかがでしょうか?「牛飼い」が牛の世話をしていて
も、それは「牛飼い」の牛ではなく「飼い主の牛」で
ある。「知識」も同じく「経験、検証」する事により
初めて「その人のもの」になり、それをしないうちは
何処までも「○○らしいよ?」にしか過ぎない、その
人のものではない、という事を表しています。よって
「実践」の無い「インド哲学」の追求も然り、何処ま
でも理解出来ないものとして「残る」という事です。
《さあ「チャクラ」のスイッチを入れましょう!!
「氣塾」では「2番チャクラ=丹田」から順に各チャク
ラを「稼働」させ「覚醒」させる事が「遠隔、対面」
どちらの方法でも「最短時間で可能」になっています。
また「遠隔レッスン」により各種「呼吸法」も「マス
ター」して頂けます。》
更に、続けていきましょう!!
《「気持ちが弱い」「気持ちが沈む」「更に気を強く
したい」どの様な方々においても「氣塾」は「気脈の
詰まり取り」を先ずお勧めします。「気脈の詰まり取
り」により「気」の流れが改善され、「気」が旺盛に
「体内」を流れる事は「気の滞り」を無くし「精神力
強化」の為の「最初の第一歩」として非常に重要な事
です。尚この「気脈の詰まり取り」は「対面での個人
施術」と「スカイプ等の遠隔施術」どちらでも同じ様
に可能ですのでお気軽にお問い合わせ下さいませ。》
(「氣塾、気脈の詰まり取り施術、対面個人¥12000、
遠隔初回¥10000、2回目以降¥5000)
★続きはこちらをクリック→https://master-yoga.net