「氣塾」主宰の木村です。

いつも当ブログを読んで頂き、誠にありがとうございます。

過去ブログの「ブログ専用サイト」へのアーカイブ化が

ようやく完了いたしまして、まもなく当ブログは数ヶ月の

移行期間を置いて「アメーバブログ」からブログ専用サイト

である「古式マスターヨーガ 本当に使える氣の正体」の

方に移行して参ります。「移行」しますと同時にアメブロの

アカウントの方は削除いたしますので、読書の皆様におかれ

ましては、「新サイト」への移行、ブックマーク又はホーム

画面への追加をよろしくお願いいたします。



★新ブログサイトはこちら→https://master-yoga.net



さて、今日は四条烏丸での個人セッションと遠隔レッス

ンをこなしています。明日は今年初めての「関西氣塾」

を梅田で行ないます。楽しみですねー!!本日のお話し

は《どんな人でも「呼吸法」から始めて頂きます》の

最終話となります。古来から人類は、いざと言う時に

思い通りにならない「自我」すなわち自分の「精神」

とは、いったい何なのか?に着いて、考え、研究して

きました。「自分の心」の「持ち主」とは「自分」で

あるにも関わらず、なかなか「思い通り」にならない

からです。これは「世界の東西」を問わず、あらゆる

文明においても「議論」されて来ました。でも、どの

「世界の文明」にいても、行き着く先きの「答え」とは

一つで《「精神」は「呼吸」と共にある》ということに

なります。例えば「怒り=ふんふん、ぷんぷん」

「悲しみ=しくしく」「笑い、楽しい=ワハハ」

《つまり「精神の変化」に合わせて「息が変化」する。》

という事ですね、これらの事実により「自我=自己の精神」

は「古代インドではアートマン」「古代ギリシャではアト

モス」「英語圏ではアトモスフィア」と呼ばれる事になり

ます。つまり「大陸、文明」が違うにも関わらず、似た様

な「言葉」になり「自我」を表す語源は全て「呼吸、息」

から来ている事になります。そして《「精神の変化」に

合わせて「息が変化」する。》のであれば、

《「息」を「変化」させれば、「精神」も「変化」する筈
なのだ!!》

という「答え」に行き着く事になります。こうして「古代

インド」において「呼吸法」が発明され、それはやがて

「精神」をコントロールする「技術」である「ヨーガ」へ

と発展する事になるのです。「分かりますよね?」

だから「氣塾」においては、どんな人であっても「呼吸法」

から始めて頂く事になるのです。



では、ここからは「本文」に移ってくださいね!!


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