①記憶力は昔からあまりいいほうではない。
②一定のペースで生活に取り入れてやることならなんでも苦にならない性格なので、ジム通いを始めてみたり、ギターを練習してみたり、ボクシングを始めてみたり、英語の発音を練習してみたり、とそのときの興味で始めたものは自分のコントロールでちゃんと続けたりすることができる。
逆にいうとペースがコントロールできないようなものは、なにもやりたくないともいえる。
勉強なんていうのも半分趣味、半分投資でやっているので、無理のない範囲でこつこつやっていきたい。
こうやって中断するのはあまりよろしくないのである。
この試験を最初に知ったのは、税理士試験を科目合格して最初の会社に入り、さて仕事しながら残りの科目を勉強するか、税理士試験はもうやめるか考えているときだった。
というよりも税理士試験が思いの他難しく、トライした科目に無事合格したとはいえ、残り3科目もやるのは正直気分的にも全然のらなかったので、さっさとやめることを決定していたような気がする。
24歳の1月に入社したとき、新卒のタイミングでもないのに同期が1人いた。
ちょうど同じ歳で、卒業後アメリカに留学していたとかで同時期になったのだが、こちらは大学院中退で向こうは英語もかなりできるし、なにやらかの国の会計士の勉強をしていてもうすぐ合格とかで、スペック違うんじゃないか、、と最初は思ったものの、とても明るく人間的な、というか、健康的な女の子で、なんとも気が合い、いやーいい出会いだ、と喜んでいた。
このブログでも既に書いたが、その子がその後数ヶ月のうちにCPAに合格し、就職活動を始めたとき、いろいろと報告を聞きながら、「いっやー、そんな条件いいオファーがあるわけ?信じられんなあ。いいなあ。」と思ったものだった。
当時は不況もどん底の2004年くらいだったので、いい就職先=大企業のイメージが強く、かつ狭き門だったのである。
そんな状況下彼女が話しをもらってきたのは、そうした日系の大手企業ではなく、外資系の会社で進出間もない会社や、中規模の会社、よくわからない外資系の金融系企業、後は監査法人だった。
大体その当勤務していた会社のクライアントが、そうした小規模~中規模の外資系企業であり、仕事を担当するにつれてそうした会社のよきも悪きも知ることになるのだが、当時はそれら外資系の提示する高額のオファーにすげーなあと思うばかりであった。
なにせ入社数ヶ月の24歳に、つまり実務経験がゼロといってもいいのに(英語ができて資格があるとはいえ)初任給で700万くらい提示するところもあった(会計職だったと思うので、いま考えてもちょっと高いか、、)のである。結局彼女は監査法人を選び、悪くないがそこそこ常識的な給与でそこに移っていった。
そして面白いことに彼女の彼氏も、同じような経歴(というか留学先で知り合ったらしいのでそうなるのも納得なのだが)の人であり、同じように引く手あまただったが、最終的には監査法人に職を決めた。
このことがあり、いやー魅力的な資格だ、しかも働きながらでも出来そうな難易度だな、と思い興味をもったのである。
まあいま考えるに、その年齢と語学力と資格のトリプルプレーこそが大事なのだが。
実際に勉強を始めるのはずっと後で、しかも受験予備校は入学して2ヶ月くらいで潰れた(当時最大手だったANJO)。なかなか衝撃的だったが、ローンで学費を払うようにしてあり、通信講座のため教材は7割がた一式送られてきていたものの、いろいろなサポートやなにやらが受けられないし3割は教材もない。結局ローンは払わないでもいいことになったが、しかしこれによりまたしばらく1年ほど勉強はストップした。
で、いまの会社に移り、補助制度もあるし、会社は米国基準だし、仕事もある程度忙しさが計算できるので、やっと勉強を始めることにしたのである。ふー、それで7ヶ月目でようやく1科目受験するに至る。
って、、、考えるとやっぱりあまり時間を空けたくない。。二十代のうちにこういう資格試験は終わらせたいものである。てことはあと1年半か。。