短編小説:ミラの彼女(前編) | "Second Line Entertainment"代表 DancerHassy's Blog

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自分達にしかできない、新たなエンターテイメントへの挑戦。


朝六時半。


清水翔太の『風のように』で目を覚ます。


だいたい朝八時から仕事の僕は、この時間に起床するのが当たり前になっている。



いつもと変わらない朝。



少し違うのは、若干のノドの痛み。


忙しい毎日と、季節の変わり目の気温の変化のせいか


ここ最近体調が優れなかったが、ついに風邪を引いてしまったか、、、


そんなことをイマイチ働かない頭で考えながら食事を済ませ、職場へと向かう準備を済ませた。



いつもと変わらない朝。



少し違うのは、車の臭い。


昨晩兄貴が実家に帰ってきて、さっそうと僕が普段使っている車で出て行った。


車の中でタバコを吸ったのだろう。


タバコを吸わない僕にとっては非常に違和感があり、臭く感じた。



いつもと変わらない朝。



今日は普段と違う点が何点かあったが、


『またか、、、』


何度も繰り返す同じ出来事に少しガッカリした。



僕が住んでる地域から出る一つ目の信号に止まったときだった。


僕の一台前には、見飽きた色と形の車が一台


一人の女性を乗せて、左に指示器を出しながら青信号を待っていた。


白のMira、、、そう、ミラの彼女だ。



彼女はいつも何故か僕の一台前にいる。


二台前でもなく、または一台後ろでもない。何故か一台前にいる。


確かにだいたいいつも同じ時間に家を出ているが、一分単位で同じではない。


あくまでも『だいたい』なのだが彼女は必ず一台前にいる。



年齢はおそらく40代前半、、、


何の特徴もないショートカットに少し垂れた細い目、


相手のフロントミラー越しに細かいシワまで確認できる。



おそらく名前は、、、サトコ。聡子だ。



聡子とは勤務先の方向が同じで、この信号から左に曲がり、約十分間


僕は毎朝のように彼女の後ろを走り続けなければならない。


聡子はとてもマイペースで、僕の前をゆっくりと走る。


それが僕が『またか、、、』とガッカリした理由の一つだ。


そこまでトロトロと走るわけではないのだが、その中途半端な速さは


僕を朝っぱらからイライラさせる。



聡子はいつも、僕と約十分間縦に並んで走った後に


高校の中へと姿を消す。


高校教師なのだろうか、、、もしそうだとしたら担当の教科は


おそらく古典か歴史といったところだろう。


ちょっと固そうなイメージ、、、だが少しそこに優しさを混ぜ込んだような、


好きなたべものは?と聞かれたら『う~ん、、、ナスビかな?』と答えそうな雰囲気だ。



そんなナス子だが、よくフロントミラーで鼻の下あたりを気にしている。


鼻毛ナス子。


それもいつもと変わらないことだ。


だが今日は僕の視線が気になったのか、鞄の中から手鏡を取り出し


ミラーではなく手鏡で鼻の下をチェックしだした。


お茶目な部分もあるんだな。そう思った。


お茶目ナス子。


オチャ・メナスコ in the Mira.



そんな様子を観察しているときだった。


長々と待ち続けていた信号が、ついに青へと色を変えた。


しかし、ここでまた一つ


いつもと違う出来事に出くわした。


いつもスカスカの左へと下る道に、車が渋滞しているのが見えた。




その瞬間だった。




聡子は左に合図をしていた指示器を右に切り替え、


勤務先とは反対の方向へと走りだしたのだった。



聡子の意図はすぐに読めた。



そう、裏道である。



渋滞を避け、裏道から向かおうとしたのであろう。


だがその裏道は西へと向かうには早いのだが、勤務地のある南の方へは少し遠回りになる。


急がば回れといったところか。


彼女はその垂れ下がった目をピクリと動かすこともなく右方向へと走って行った。



僕は一瞬戸惑った。


右について行くべきか?左の渋滞に並ぶべきか?




僕は勝負に出た。




仮に彼女について行ったところで、彼女の運転スピードは変わらない。


どっちみちイライラするのなら、スムーズに進む可能性のあるいつもの道へと曲がってやろう。


渋滞とは言え、たまたま信号などの影響でその瞬間だけ車が詰まってしまうことなどよくあることだ。



そう考え僕は左へと車を進めた。



僕はアクセルを踏みながら、一つの交差点をイメージしていた。




僕が今走っているこの道と、




裏道ナス子が走っている道は、




唯一、一箇所だけ交わる交差点がある。




彼女が勤務地へとたどり着くには、必ずその交差点で僕の走っている道に戻る必要がある。





そう。




どちらが先にその交差点にたどり着くか。



誰にもわからない小さな戦いが、その瞬間に始まったのである。





、、、続く。