いや~久し振り過ぎるアメブロの投稿ですか~
元商社営業マン→うつ病発症→個人事業主という良くある経歴です。
さて、本日はタイトル通り、過去を振り返ってしまい、苦悩していることを題材にします。
我が家は父と母、姉と私の4人家族ですが、幼少期に昔良くあった地球儀という公園の遊具をご存知でしょうか。
私は札幌生まれですが、育ちは愛知県です。父親は某有名メーカーの営業マンであり、立て直しで東海地方を任されました。
当時は当然ながらそんなことは知らずに成長をしていったのですが、3歳くらいの時に公園の地球儀の外側に掴まったところ、父親が凄い勢いで回し続けました。遠心力に耐え切れずに泣き出した私、それでも力を緩めなかった父親。
当然ながら私は吹っ飛んでしまい、記憶では土の上で泣きじゃくっていました。
今思えば、他の遊具とか、石などがあったならば死んでいたかもしれません。
時は流れ、札幌に転勤になったのですが、賃貸アパートに住んでおり、父親の会社は直ぐ近くにありました。
この頃は私は小3から小6まで過ごしたのですが、父親は会社から帰宅をすると、何もしていない私に対して馬乗りになって後ろの髪の毛を掴んで、手加減はしているものの、何度も私の頭を床に打ち付けることが何度もありました。
理由は全く分かりません。ただただ恐怖で泣きじゃくっていたことは明確に覚えています。
学校では私は優等生でした。それは小学校から高校まで続いたのですが、小6の10月に隣接する市に父親が家を購入し、半年間は遠距離通学になってしまいました。父親の勤務する会社と小学校が近かったために、毎朝父親に車で送っていってもらっていたのですが、その間、会話はゼロです。当時の私は父親というのはこういうものなんだと悟っていたのですが、後にそうではなかったことに成長と共に知ってしまいました。
学校を終えると少し離れたバス停まで行き、バスで帰宅をしていたのですが、当時は家の周辺には何もなく、都会育ちをしてきた私にとってはどことなく違和感を感じていたことは懐かしい記憶です。
週末になると隣町の札幌市に父親が運転をして母親が買い物をするのですが、私も同乗することが度々あり、それが楽しみでもありました。
ところがある日のこと、スーパーの模型店で夢中になっていた私、気付けば時間が経過していました。慌てて親を探し回ったのですが、どこにもいません。もしか!として駐車場を探したのですが父親の車はなく、茫然とするしかありませんでした。
1時間半程度歩いて帰宅をしたのですが、家では何も無かったような振る舞い。これも私が悪かったのだと当時は納得していました。
高校に入学をし、父親とは話す機会も希薄になっていき、大学へと進学をし、今に至っておりますが、中学生時代、高校時代に友人の父親と親しくなった際に、生まれて初めて我が家はオカシイと感じました。