お早うございます今晩は、北海道民のDIY大好きのおっさんです。
さて、今回は私の人生を決定付けた過去のお話を書きますね。
私の世代はバブルがぶっ飛んで就職難となった2年目の年齢故に、大学を卒業してからも仕事探しにはかなり苦労しました。
やっとこ見つけた会社は観光土産品の問屋になり、営業マンとして小樽地域を担当していました。成績はかなり優秀で百貨店のバイヤーさんや温泉ホテルの売店さんのバイヤーさん、大型フェリーのバイヤーさんから高評価を頂き、売り上げは最大で前年度比160%を記録したことも懐かしい記憶です。
ところが勤務はフェリーの発着の影響で朝6時20分までに小樽港に出勤しなければならなかったこと、会社は3時に帰宅して良いという条件でしたが、実態は17時20分のフェリーは毎日、夜8時のフェリーは週に2回など時間的にはきつさがありました。給料が社内では良い方でしたがかなりの低収入により、転職を考えるようになりました。
転職といっても、就職難の時代、当然ながら直ぐに見つけることはできません。地元の求人雑誌を毎週購入したり、ハローワークに通う日々が続き、結果的に2年のブランクを持って就職先が見つかりました。この会社は大正4年から続く老舗の企業になり、菓子の総合商社として営業を続けてきた株式会社オグラです。
既に観光土産の業界は無理と感じており、菓子類なら簡単かなと思い応募をしたのですが、採用が決まってから初日に、私は札幌本社の観光部に配属されました。その時はガビーンと不吉な感じがしたのですが、会社が大きいために何とかなるだろうと甘く見ていました。
先輩に付いて一定期間の修行を積んでから独り立ちをしたのですが、皆さんPBと言えばイオンや最近ではドン・キホーテの商品を思い出すのではないでしょうか。ところがPBというのは問屋業界では昔から採用されてきた商品になり、私が勤務する会社でも多種多様な観光土産のPBを既に作っていました。
一応は業界通なので自社のPBを見た瞬間に、「これは売れない」と判断し、あまりのセンスの無さに笑ってしまうほどでした。しかし、会社側はPBを売ってくるように指示を出しており、「これは無理です!」と訴えても聞く耳を持ちません。当時の直属の営業部長からは、「気にするな、自由に営業してくれ、必要であればハイエースも買ってやる」と全てを理解している様子でした。
私が取った行動はまずは、売れないPBの中でもマシな商品に関しては販売強化をしてガラス見本の改造も行っていました。ガラス見本というのは皆さんが空港の売店さんなどに行った時に中身を知ることができるアクリルケースの見本がありますよね。業界では昔はガラス製だったために今でもガラス見本と呼んでいます。
ガラス見本の改造は得意分野のDIYで商品が際立つように飾り立てることを行い、記憶では100個以上は製作したと思います。バイヤーさんや店内のスタッフさんの反応も良く、売り上げは確かに以前よりは向上しました。
最も力を入れたのは、PBよりも利益は少なくなりますが、メーカーからの仕入れ商品に頼ったことです。とにかく北海道向けの商材の見本を送ってくれと要請をしてみた結果、全てのPBよりもたった3品で売り上げが上回りました。この数字をきっかけとして、社内で自社PBはダメだと勧告することができ、事務方の部長から「営業が売ってこないからな!」という場面に遭遇した際にも平社員の私は速攻で「私の仕事を分かっていませんね!」部長「ああ知らねーよ」私「最近売り場に行きましたか?」部長「行ったけど何にも変わりはねーな!」私「その時点で終わってます!変わり続けているのに変わってないのはオグラだけです!この前に見本市があったでしょう!その時に北海道大手の観光ホテルの部長がお見えになり、オグラさんね~いつまでも古い商品持ってきてもらっても困るんだよ、これが正しく理解をしている人の判断です!」と言い返すと部長は黙ってしまい、社内で大恥をかいたでしょうね。
この株式会社オグラに入社してから、最大限の力を発揮してきましたが、後に命の危険が待っていました。それは最初は眠れなくなったことです。会社は表向きは朝は8時30分、退社は17時20分で土曜日と日曜日だけ休日としていました。ところが実態は7時40分までに出社する必要があり、退社はその日の間に帰れれば幸せという感じで時間外労働は月に160時間を超えていました。
漏れなく私も睡眠障害から精神科に掛かり、うつ病と診断されました。実際に元々祝日は休みではありませんが、土曜日も日曜日も出勤しなければならない用事がありました。
当時は企業で営業マンであれば普通のこととして処理されてきて、私も会社が悪いなどとは考えたことはありません。しかし、タイムカードの置き場所に謎のタイムカードがあり、全てが女性の名前でした。年配者でしたが親しくしていた同僚から話を聞いたのですが、あのタイムカードは過労自殺、過労死をした営業マンの奥さんで、実際には働いてはいないとのことでした。
7人の過労死者を出していながら改善しない会社に不信感を抱くと同時に、自分の命も危ないと強く感じました。実際に札幌市中央区の百貨店の施錠されていない屋上から地上を確認したり、地下鉄に乗る際には〇〇するためにタイミングを確認したこともあります。
退職すると時代的にもう無理と感じながらも、辞表を出して脱出しました。この後の人生は本当に酷いもので、具体例を挙げれば工場勤務で袋にネジを入れる仕事に応募したことがありますが、社長から電話が来て、「ここはあなたのような人が来る職場ではないから」と説得されたり、「ウチはバ〇しか勤まらないから面接は来ない方がいいよ」など散々でした。
実際には皆さんの多くが知っている、オセロやルービックキューブで有名な株式会社ツクダがありますよね。この会社の札幌支店で営業マンとして採用が決まったのですが、実は偽装求人で数か月後には倒産をしています。倒産としては上記を合わせて3社全部が倒産しているので名だしで記事を書いています。
私が皆さんに言いたいことは、身の危険を感じたならば直ぐに逃げることです。更に未払い残業などがあれば、自給換算で1.25倍の支払いが義務なので在籍中に労基署に相談に行くことを推奨します。
以上です。