シュネッケンをほどく朝、
殻を抱きしめる昼
殻を抱きしめる昼
朝の光の中で、
焼き上がったパンを眺める。
ドイツでは
「シュネッケン」と呼ばれる形で、
カタツムリ、という意味らしい。
くるくると、
同じ場所をなぞるように。
けれど、決して
焼き上がったパンを眺める。
ドイツでは
「シュネッケン」と呼ばれる形で、
カタツムリ、という意味らしい。
くるくると、
同じ場所をなぞるように。
けれど、決して
同じところにはとどまらない。
過去というものも、
直線の道ではなく
きっと、
こんな螺旋の形をしている。
思い出したくない記憶ほど
今日の生地のように、
ぎゅっとねじりが入っていて、
簡単にはほどけていかない。
だから、
過去というものも、
直線の道ではなく
きっと、
こんな螺旋の形をしている。
思い出したくない記憶ほど
今日の生地のように、
ぎゅっとねじりが入っていて、
簡単にはほどけていかない。
だから、
外側から少しずつ、
生地を剥がして口に運ぶ。
渦の端から、
中心へと向かう時間。
外へではなく
静かに、
自分の内側へと
生地を剥がして口に運ぶ。
渦の端から、
中心へと向かう時間。
外へではなく
静かに、
自分の内側へと
潜っていくための準備。
シリーズ「くるくるほどく」。
今まで綴ってきた、
シリーズ「くるくるほどく」。
今まで綴ってきた、
あの日の痛みも。
時に、
ふっと込み上げる
おかしな出来事も。
ひとつずつ、
時に、
ふっと込み上げる
おかしな出来事も。
ひとつずつ、
ゆっくりと、
パンをほどいて味わうように。
わたしは今、
自分の核心に
パンをほどいて味わうように。
わたしは今、
自分の核心に
午前中にアップしたところ、
悟飯ちゃんから深いコメントをもらった。
カタツムリの殻は、
中心に近いほど過去。
そして、
その殻を放置せず
メンテナンスしながら生きている。
調べてみると、
カタツムリにとってあの殻は、
単なる家でも
身を守るための鎧でもなくて。
渦に沿って、
肺や心臓、腸といった
大切な器官が収まっている、
体の一部そのものなのだとか。
無理に引き剥がそうとすれば、
命に関わってしまう。
わたしたちの過去も、
きっと同じ。
たとえ歪んでいても、
重くても、
それは今の自分を生かしている
大切な一部。
否定して切り離すのではなく、
自分の一部として慈しみ、
共に歩んでいくもの。
そんなことを考えながら
過ごした、今日のお昼。
甘麹のやさしい生地に、トマトの酸味。
SANさんに教えてもらった
コーディアルを炭酸で割って、しゅわっと。
過去をほどき、
今の自分を味わう。
そんな静かな時間が、
また明日への強さを蓄えてくれる。
悟飯ちゃんから深いコメントをもらった。
カタツムリの殻は、
中心に近いほど過去。
そして、
その殻を放置せず
メンテナンスしながら生きている。
調べてみると、
カタツムリにとってあの殻は、
単なる家でも
身を守るための鎧でもなくて。
渦に沿って、
肺や心臓、腸といった
大切な器官が収まっている、
体の一部そのものなのだとか。
無理に引き剥がそうとすれば、
命に関わってしまう。
わたしたちの過去も、
きっと同じ。
たとえ歪んでいても、
重くても、
それは今の自分を生かしている
大切な一部。
否定して切り離すのではなく、
自分の一部として慈しみ、
共に歩んでいくもの。
そんなことを考えながら
過ごした、今日のお昼。
自家摘みのバジルをのせた、
おからパウダーのピザを焼いてみた。甘麹のやさしい生地に、トマトの酸味。
SANさんに教えてもらった
コーディアルを炭酸で割って、しゅわっと。
過去をほどき、
今の自分を味わう。
そんな静かな時間が、
また明日への強さを蓄えてくれる。
そんな気がする。


