猫が教えてくれた
「……もういいや」の本当の意味
今日は、 こんな風に始まった。
パン生地は、
叩き、捏ねた分だけ、
しなやかに伸び、
やがて内側からふくらむ。
人は、
悩み抜いたその先で、
自分の輪郭に触れる。
輪郭がはっきりすると、
他人の声が風になる。
誰かに救われたわけじゃない。
誰かの言葉で変わったわけじゃない。
自分で決めた。
だから
悩み苦しんでいる人に、
安易に
「大丈夫」とは言えない。
自分がどれだけ長い時間を
かけたかを知っているから、
他人の痛みを短縮しないし、
できない。
猫はシャンプーされることを
ひどく嫌がって
徹底的に抵抗する。
猫の被毛は
犬ほど防水性が高くないから、
濡れることは本能レベルで「不快」。
体温も奪われるし、
匂いも変わる。
猫にとっては、
シャンプーは
ちょっとした生存リスク。
だから
暴れる。
唸る。
噛む。
全力で抵抗する。
でも、
ある瞬間、
ふっと力が抜ける。
それは観念したというより、
状況を受け入れる瞬間。
抵抗のエネルギーを手放す時。
それはわたしが辿り着いた
「…もういいや」と、
構造が似ている。
投げたわけじゃない。
諦めたわけでもない。
十分に抗った。
十分に考えた。
十分に気にした。
そのうえで、力が抜けた。
決して負けじゃない。
“状況を受け入れた”だけ。
シャンプーのあと、
猫はしれっと毛繕いをする。
「終わった?」って顔で確認して、
そのあと、
これみよがしに、ぺろぺろと、
体の隅々まで舐め尽くす。
消えかかった
「自分の匂い」を取り戻す。
丁寧に、丹念に。
「わたしは、わたしだ」と。
人も同じかもしれない。
周りの声。
正しさ。
期待。
“いい匂い”をまとわさせられて、
整えられて、
「ほら、これが正解」
と差し出される。
そこに違和感が残ったら、
自分の体温で温め直す。
必要な分だけ残して、
あとは落とす。
猫がやって見せたように、
「あなたの仕事は認める。
でも最終調整は自分でやる」と。
自分の匂いは、
自分でしか決められない。
ふわふわの猫が、
最後に自分を取り戻す瞬間。
それが、
猫が、
わたしに教えてくれたこと。


