「お父さんに生き写しね」
幼い頃、見知らぬ大人に呼び止められては、
その後に続くひそひそ話を聞いた。
横領、不倫、失踪。
父が残した負の遺産を、
わたしは子供ながらに咀嚼して生きてきた。
「あんたは仕草までそっくり」
母がそう呟くたび、
わたしは心の中で謝り続けた。
あなたを捨てた男を思い出させて、
ごめんなさい。
「お母さんに似ればよかったのに」
周囲の期待を裏切る平凡な顔で、
ごめんなさい。
「お父さんは神童だったのに」
祖母の失望を埋められない不出来な孫で、
ごめんなさい。
いつからか、
「私さえいなければ」が
わたしの定位置になった。
心を殺し、存在を消して生きる。
わたしの世界から色は消え、
完全なモノトーンになった。
中学1年の夏。
母は父の遺した手紙を
わたしの前で破り捨て、
「あんたさえいなければ別の人生があった」
と引き攣った笑いを浮かべた。
その時に受けた痛みも、
すべては生まれてきてしまった罰なのだと、
自分を納得させた。
長い年月が過ぎた。
父との再会と断絶、そして母との死別。
ある日、父方の叔父に再会した。
叔父はわたしの顔を見て、
怪訝そうに言った。
「……らいむか。
面変わりして、わからなかったよ」
父に似ていると言われ、
母に似ればいいのにと嘆かれたわたしは、
もうどこにもいなかった。
誰の身代わりでもない、
わたしだけの顔になっていた。
血の呪縛、あるいは絆。
そんなものから自由になり、
自分の身に起こることを
自ら選び取り、感じ、決断してきた。
その積み重ねが、
今のわたしの造形を作っている。
今のわたしは、
母のような絶世の美女ではないけれど、
人から「キュートだね」と言われる。
そして何より嬉しいのは、
皮肉混じりに投げられるこの言葉。
「お嬢さん育ちで、
苦労なんて、したことないんでしょ」
あのモノトーンの影が、
わたしの姿形に一片も落ちていないと
証明されたような気がするから。

根っこは泥を吸いながら、
水面では何食わぬ顔で花を咲かせる。
蓮のような生き方が、
少しは様になっているのかもしれない。
わたしは今、
ようやくわたしだけの人生を、
脳天気に幸せに生きている。
「苦労は買ってでもしろ」
なんて人は言うけれど。
できることなら、熨斗をつけて返品したい。
お代はいらないから。
