はじめましてに代えて

醒めている祈り

―― わたしの言葉は、いつもここから始まります。



肖 像 ─ モ ノ ト ー ン の 世 界 か ら







色が消えた世界にも、 
まだ月は残っていた。

 夜に行ききれないままの光が、 
わたしをここに繋ぎとめていた







「お父さんに生き写しね」


幼い頃、見知らぬ大人に呼び止められては、

その後に続くひそひそ話を聞いた。


横領、不倫、失踪。



父が残した負の遺産を、

わたしは子供ながらに咀嚼して生きてきた。



​「あんたは仕草までそっくり」


母がそう呟くたび、

わたしは心の中で謝り続けた。

あなたを捨てた男を思い出させて、

ごめんなさい。



​「お母さんに似ればよかったのに」


周囲の期待を裏切る平凡な顔で、

ごめんなさい。



「お父さんは神童だったのに」


祖母の失望を埋められない不出来な孫で、

ごめんなさい。



​いつからか、

「私さえいなければ」が

わたしの定位置になった。



心を殺し、存在を消して生きる。

わたしの世界から色は消え、

完全なモノトーンになった。



​中学1年の夏。

母は父の遺した手紙を

わたしの前で破り捨て、

「あんたさえいなければ別の人生があった」

と引き攣った笑いを浮かべた。



その時に受けた痛みも、

すべては生まれてきてしまった罰なのだと、

自分を納得させた。



​長い年月が過ぎた。

父との再会と断絶、そして母との死別。



​ある日、父方の叔父に再会した。

叔父はわたしの顔を見て、

怪訝そうに言った。


「……らいむか。

面変わりして、わからなかったよ」



​父に似ていると言われ、

母に似ればいいのにと嘆かれたわたしは、

もうどこにもいなかった。



誰の身代わりでもない、

わたしだけの顔になっていた。



​血の呪縛、あるいは絆。

そんなものから自由になり、

自分の身に起こることを

自ら選び取り、感じ、決断してきた。



その積み重ねが、

今のわたしの造形を作っている。



今のわたしは、

母のような絶世の美女ではないけれど、

人から「キュートだね」と言われる。



そして何より嬉しいのは、

皮肉混じりに投げられるこの言葉。


「お嬢さん育ちで、

苦労なんて、したことないんでしょ」



あのモノトーンの影が、

わたしの姿形に一片も落ちていないと

証明されたような気がするから。






根っこは泥を吸いながら、

水面では何食わぬ顔で花を咲かせる。

蓮のような生き方が、

少しは様になっているのかもしれない。



わたしは今、

ようやくわたしだけの人生を、

脳天気に幸せに生きている。



​「苦労は買ってでもしろ」 

なんて人は言うけれど。

できることなら、熨斗をつけて返品したい。

お代はいらないから。