「同じ顔の人間は、世界に三人いるらしい。」
そんな噂を本気で信じていたわけではない。だが、あの日、喫茶店の曇ったガラス越しに見えた二つの影は、確かに自分と同じ輪郭だった。頬の線、目の形、無造作に下ろした前髪、姿勢までも。

三人は同時に立ち止まり、互いの存在を疑うように細めた目を交わした。





最初に口を開いたのは、右側の男だった。 「……なんだ、これ。まるで鏡じゃないか。」
左側の男も乾いた笑いを漏らした。 「写真加工の失敗かと思った。」
三人はなぜか同じタイミングで喫茶店に入り、同じコーヒーを頼み、同じ癖を持つ仕草をし、同じ人生をほんの数分で理解した。
同じ町の外れにある古い団地で育ち、同じ進学校に通い、同じタイミングで挫折し、同じような人間関係に傷つき、同じ理由で職を転々としながら、同じ今日を迎えた。
あまりにも噛み合いすぎる過去に、最初は笑った。 「じゃあ、俺が今日寝坊したのも?」 「同じ。アラーム三回止めた。」 「俺も。」 「昼飯は?」 「カップ焼きそば。」 「俺も。」 「俺も。」
その奇妙な一致が、なぜか心地よかった。まるで、人生の轍が間違っていなかったと証明されたような安堵が胸に灯った。
三人は連絡先を交換し、「運命的な再会」を面白がりながら、数日後にまた会う約束をした。
その後も、三人の一致は衝撃的なほど続いた。
好きな音楽、嫌いな上司のタイプ、感情を隠す癖、孤独をごまかすためにする深夜の散歩。笑いのツボも同じで、同じところで不安になり、同じ些細な言葉で落ち込んだ。
だが、心の奥のどこかで、奇妙な違和感も膨らんでいた。
「君って、口では強気なこと言うけど、すぐ逃げるよね。」
その一言を投げたのは、左の男だった。 自分自身にも言われたことがある。胸の奥がかすかに疼いた。
右の男も続けた。 「そういうところ、俺は嫌だな。見ててイラつく。」
左の男が軽く頷く。二つの視線が、自分の弱さに突き刺さる。 だが、次の瞬間、気づく。
「……お前らも同じだろ。」
言った途端、二人の表情が曇った。
沈黙。コーヒーの香りすら重さを増すような、ぬるい空気がテーブルに広がる。
三人の間に流れたのは、似ているがゆえに生まれた共感ではなく、似すぎているがゆえの拒絶だった。
自分と同じ欠点を備えた二人は、まるで増幅された鏡像のように、自分の嫌悪を映し返してくる。逃げ癖、臆病さ、嫉妬深さ、自己愛と自己嫌悪の混在。癒えるどころか、むき出しにされていく自分の傷。
「君たちを見ると、腹が立つんだ。」 右の男が俯いたまま呟く。
「同意。」 左の男が短く言った。
「俺もだ。」

口に出した瞬間、三人の中で何かが静かに壊れた。





次に会おうという約束は交わされなかった。LINEの通知は途絶え、互いの存在は薄れていった。
ただ、街を歩くとき、ふとショーウィンドウに映る自分の姿を見ると、あの日の二つの影がよみがえる。
自分の顔をした誰かに嫌悪を抱いた瞬間、自分の輪郭まで嫌いになったような気がして、胸の奥に刺が残った。
「もし、またどこかで三人が出会ったら、今度は少し違う関係になれるのだろうか。」
そう思うこともある。けれど、答えはない。
世界に三人いると言われる同じ顔は、本当に三人だけなのだろうか。
もしかしたら、生きていくたびに増えていく“別の自分”と、今日もどこかですれ違っているのかもしれない。
ただ、互いに気づかないふりをしながら。