【鑑真和上に会いに】

毎年、鑑真和上の命日には唐招提寺へ。和上に会いに伺います。
それなのに今年はバタバタですっかり忘れていた、、、がしかし。

何故か御命日の6/6ジャスト、奈良に来た私。そしてもう1人の聖者に会いに南へ向かっていたのです。そうしたら車を運転していたMさんが「朝、テレビ見てたら今日は鑑真和上の命日ですって」ガーーーン
わ、忘れてた。。。すみませんっ!!!




この日含め鑑真和上坐像(国宝)が年に3日間だけ御開帳になり、命日の6/6は特に混雑する。限られた時間で伺えるか、、、今日中に高野山に上がらなければならないし。。ここから高野山は4時間かかる。。とりあえず南に向かっていたのを急遽北の唐招提寺へUターン。
結果、ギリギリ整理券ゲットし、一旦速攻で南へ戻り、また北の唐招提寺へ。それからまた南の聖者にお会いしてから速攻高野山へ。自分が何してるか、どこに居るか分からなくなる〜〜
でもお会いできました。ホッとしました。
東山魁夷の障壁画も拝見できました。外に出たら虹が出てました。いつも通り。

話は長くなるからはしょるけど、昔、東山魁夷の「唐招提寺障壁画展」があり、見に行きました。
会場に入った途端、左から東山魁夷画伯、右から鑑真和上に猛烈な勢いで話しかけられ「私は聖徳太子じゃない!障壁画を集中して見たいので黙ってもらえませんか。後で必ず唐招提寺に会いに伺いますから」と約束してからのご縁(と言っていいのかどうかわからないけれど)

初めて会いに伺った時は美しい虹が掛かったのでまあOKサインかなと。

鑑真和上は日本に仏教の戒律を授けるために命をかけて来日、渡航に5回失敗して失明、最後のチャンス6回目で来日叶うまで10年以上かかった。

東山魁夷は「鑑真和上の眼になる」と決意し10年以上かけて鑑真和上御影堂の障壁画を描いた。鑑真和上の心を慰めるため、お厨子の周りは和上が2度と帰ることが無かった故郷の絵を、その周りには和上が見ることができなかった美しい日本の風景を。2人の想いを必要以上にキャッチしてしまい、命がけで障壁画を見ていたもんだから「話しかけないで!」と2人に言ってしまったんだけど、気持ちは汲み取ってもらえたかなと思う。
その後も色々不思議な交流あり、今に至る。御命日忘れちゃったけど。今後は忘れない様に和上坐像の御写真購入しました!