先週は実家に帰ったりしたため、
一人での休日は久しぶり。

帰省したとき、久しぶりに会ういとこはマになってて、
もうすぐ三才の子供がいる空間で、
過ごさなきゃいけないのが、しんどかった。

それが帰京してからもずっと引きずってる。

若いお母さんになりたくて、
それを叶えたいねってことで元夫が結婚してくれて。
でも、子供どころか、結婚すら駄目だった。

いとこの子供を微笑ましく見ていた父。

離婚したときに一瞬口にした、孫見てみたかったなぁ、
というのを思い出した。

たぶん、離婚してなければ今頃もしかしたら孫がいたかもな、とか
そんなことを考えただろう。

久しぶりの帰省で、大勢で泊まったときは、
お酒が振る舞われても、頼れる人がいる安心感からか、
吐かれる恐怖よりも、
人といる楽しさ、安らぎを久々に感じることができた。


でも、離婚してから封印してきた、寂しさが沸き上がってきて辛い。


諦めることを覚悟したのに。


それでも、
ブログをやっていて、自分だけが大変なんじゃない、
ということを学べたことが、
なんとかいまの私を支えてくれています。


ありがとうございます。


 

先週の金曜日。

 

 

おじいちゃんが亡くなりました。

 

90歳でした。

 

私はいま28歳ですが、いままで、知人友人家族親族、

 

誰の死にもめぐり合わずに生きてこれました。

 

途中、人を亡くす痛みがわからず、

 

自分の幼さを恥じたこともあります。

遅かれ早かれ、必ず死は訪れるものであるのに。。。

 

おじいちゃんは、幸せなことに、老衰でした。

 

ここ2、3年は身体機能の衰えが激しくて、

会うたびに、ちっちゃくなってたし、

正直、自分はここまで長生きしたくない、と思うほどでした。

 

でも、生ききるということを、学んだような気がします。

 

 

 

亡くなったおじいちゃんと会うまでは、

 

 

実家まで遠いこともあり、実感がわかず、

おじいちゃんが人生を全うできたことに、安心感でいっぱいで、

悲しい、というのが沸いてきませんでした。

 

遺体と対面しても、あまりに安らかで。

 

 

でも、いざ出棺となり、釘を打ち始めたとき、

 

初めて、

もう会えないんだ、

と思ったら、涙が止まりませんでした。

 

普段あまり感情を出さない父、

 

どんなときも、涙を見せたことがない父が

泣いている姿を見て、

なぜだか余計辛かったです。

 

そして、私の大切な人は若くして父親を亡くしているのですが、

 

ようやく、その人の辛さ、悲しさを理解できたような気がしました。

 

おじいちゃんは、食べる力がなくなってきていたので

 

そんなに長くないと言われていたし

夢にも出てきて、

少し心の準備ができていたこともあって、

もしかしたら、この記事を読んでる人は

冷静すぎるんじゃないか?と思う人もいると思います。

でも、これが私の正直な状態です。

 

自分の病気が辛くて、生きることの希望も見いだせなくて、

 

どうしたら早く死ねるだろう、とばかり

考えていました。

いまも、やはり、希望は見いだせなくて、

いろんな人に会ったせいか、寂しさが募るばかりだけれど、

 

でも、

 

生ききった、と最後に思えるように、

日々を過ごしていこう、

といまは思ってます。

 

 

 

 

 

※以下ぼやきブログです。


新しい職場に変わってから、はや一週間。

周りはみんな優しい方々だし、

仕事はかなりきつそうだけど、いまのところ

不満はないです。


そういう意味では恵まれていると思ってます。


でも、


今回初めて一人でポンッ!と入ったために、

話すのがかなり緊張します。。。


いろんな性格の人がいて、

みんな頭のキレがすばらしくて、


緊張のために、気の利いたことは言えず、

へんてこな返しばかり。。。


先日、ある人が、話してると経験からくるその人の深さがわかる、

と言っていました。


その言葉が離れないんですよね。。

ああ・・・私は浅く広く、逃げ惑うから深さがないなあ・・・

と反省しきり。。。


と、こういうことを考えると、話しかけるのも、かなり勇気がいるんですよね。


仕事のためには、踏み込んでいかないといけないんだけど・・・。


私は友人は少なく、メールも用事がないと

なかなか送れない、かなりの小心者です。


自分の気持ちを表現するのが、幼いときから

すごく苦手で、泣きたかったり寂しかったり、

なかなか出せませんでした。

カワイクナイことに、嬉しいときも、別に・・・みたいな

態度しかとれませんでした。

なぜなら、自分を出すことが、恥ずかしかったからです。


でも、こんなふうに生きてきてしまったからか、

なかなか、人と深くつながることができません。


ブログをはじめたのは、嘔吐恐怖のことを知ってもらいたかったから。

でも、今は、病気のことも含めて、

自分の気持ちを表現しよう、できるようになろう、

と思っています。


自分であとで読み返してみても、何が言いたいのかよくわかんない記事、

というのが結構あり、お恥ずかしい限りです。


でも、これからもつたない文章になるかと思いますが、

こんな人もいるんだな~くらいに思っていただけたら

これ幸いです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございましたm(_ _ )m







病院に行くようになって、病識を持つようになってから余計ひどくなった!?

症状が出ると(=吐きそうな人がいそうな環境に置かれると)、

そのショックが2、3日続きます。


といっても、食べられなくなったりするのは、

身内や親しい人が嘔吐してしまったときがほとんど。


今回のような、心配のみで終わった場合は、

動悸の名残のようなものが

続くくらい。


食事も普通にできます。


でも、かなり落ち込みます。

なんて弱い人間なのか、と。

結局、その場に出くわしたら、何も治ってないのが

露呈します。

過去のことが一気に頭の中を駆け巡ってしまいます。


こうなってくると、ニュースとかラジオとか、

「いま」を伝えてくるものがとても辛く感じてしまいます。

「いま」の苦しみから逃げることしかできないから。

そうすることしか、生きる術がないから。


週末はもっぱら現実逃避してました。

うちのアパートはケーブルテレビが視聴できるので、

こんなときはかなり救われます。

昨日は映画を2本見ました。


1本目は「シュガー&スパイス」。

沢尻エリカが、とにかく可愛かった。

日本映画なんだけど、洋画ふうでおしゃれ。

癒されました。


2本目は「戦場のピアニスト」。

公開時に見たけれど。。

劇中でピアノを弾くシーンをもう一度見たいと思い、

見ました。


久しぶりに聞いたショパンの曲は、

孤独な今の私にとっては、なぐさめの言葉に聴こえました。


そして、号泣したいのに、号泣できないのは、

一生懸命、生きていないのかもしれないです。








不規則な生活のせいで、夕方眠るので夜なかなか寝付けない。

昔はいくら寝ても寝れたのに。

頭も体も動かしてないからかな。


でも1時半くらいにはベッドに入るようにしている。

4時か5時まで寝付けない。

そんなときが、病気と一番向き合っているような気がする。


暗闇の中で、恐怖の記憶を思い出すから。


いまは一人暮らしで、人付き合いもないから、

吐きそうな人からはどこまでも逃げていられる状態。

だから、恐怖のことも忘れてしまって、元気なこともある。


でも、妙な希望や夢を抱かないために、

思い出すようにしている。

そして、自分を戒める為でもある。


一人で生きるように、と。


でも、記憶に浸りすぎると、生活するうえで

繊細に、敏感になりすぎてしまう。

自分の病気と向き合っている状態になる。


とても仕事なんかできなくなる。


それでは、生きてゆけない。


向き合わず、一人暮らしを続けることは

私にとっては治療にはならない。


それとも誤魔化すことができずに仕事に行けずにいるほうが、

やはり辛いのか?

たぶん、負けてしまった屈辱感に苛まれそうな気がする。


ただ、いまは、

寂しくて、ゴールが見えない寂しさの連続。


独りで生きるのも、難しいものだ。













風邪からくる咳が止まらず、
仕事もまだ始まらず。


そんな引きこもり生活。
最近のお供は、このカップたち。

家にいても、すぐに飲みきれないし、
ほこりが入るの防げるし、
PCにも安全だし、、、
タンブラーはなかなか便利。


そして家にいながら
スタバ気分が味わえる(^_-)

数年前は、スタバとかファストフードとか
外で勉強するのが好きだった。

でも、最近、いれても30分くらいしか頑張れない。
なんか、落ち着かない。。

節約も兼ねて、家カフェするようになった。

リラックスしすぎて、
あんまり勉強は捗らないのが
課題。。

先月、突然派遣元の都合(←ほんとにありえない理由)で

仕事が終了してしまったワタシ(ノ_・。)


それからばたばたと次の仕事を

探しまくり。


やっと1社、面談までたどりつき。


おととい、面談。


本日、無事通過の連絡が

来た!!о(ж>▽<)y ☆


そもそも、派遣なのに、複数希望者が

いるからまだ結果出せない、


とかいう 違法 なやりとりの元、

待たせられたのだが(-_-メ


たまにはね、報われないとね。。。


なんだか、これからはじまる仕事が

軌道修正の

最後のチャンスのような気がする。



頑張らなくては。









嘔吐恐怖のわたし、月に1回、通院しています。


今の病院は4つめ。


最初の病院は予約制でもなく、通うにも大変で、先生もめちゃめちゃ冷たくて適当な

対応だったで2回しか行かず。


あとは引越しが原因で転々と。


精神科に通うようになって、1年半。


最初は、元夫との不仲と、真夏の暑さと、仕事の忙しさからくるイライラ、情緒不安定がひどくて

病院へ行ったんだ。


でも、ちゃんとしたクリニックへ行ったら、鬱ではないといわれ、

もしかしたら・・・

と思って、嘔吐に関することが怖いことを言ったら、


強迫性障害 と診断され。



ここから、病識を持つようになり。


詳しい経緯はまた今度書くけど、


ずっと、デプロメールだけ、しかも50mgだけ服用してきたけど、

途中、200mgまで増やしたこともあったけど

これといった効果が出ず。


今の先生、私の仕事がなくなってしまったのを見計らって、


ジェイゾロフト をついに追加してきた。


初めてだから、25mg。


デプロメールと併せて服用することに。


胃もたれを感じるくらいで、特別な副作用が出てないことにほっとしてるけど、

きっとこれから本格的に出てくるだろうな。


仕事のことでいろいろあって、いまの状態を招いたのは、

結局は嘔吐恐怖がすべての原因のような気がしていて。


やりたい仕事も、きっと責任持てないという理由からできず。

結婚生活も、嘔吐恐怖のせいで破綻し。


もともとの性格もあるけど、私をがんじがらめにしていまう。


生きていく希望とか、何も持てない状態。


自殺願望が強いわけじゃないけど。


薬を変える意味がよくわかんないや。


せめて、自分の子供が自殺した、という悲しみを親に負わせないために

これからも生きていくしかないのかな。。。




日々の雑感を綴ることが、いちばんの目的ではあるけど。

嘔吐恐怖に苦しみながらも、生きていることを記録したいと思った。

この恐怖症自体は、病名ではないらしい。
だか、強迫性障害、神経症、統合失調症の疑い…etc診断はまちまち、効果的な治療方法はなく、
恐怖とうまく付き合っていくしかないようだ。


吐くのが怖い、吐かれるのが怖い、どっちも怖い、等々、人によって恐怖の対象はさまざまだ。


私の場合は、
「吐かれる」ことが、
この世の中で、いちばんの恐怖。
特に、家で吐かれるのは最高に怖い。

その現象に出くわしたときは、恐怖から、体は震え、悪寒が襲い、走って逃げたくなる衝動と、激しい動機、この世のものとは思えない音に目眩が襲ってくる。

自分は殺人者になってしまうのでは、とさえ思ってしまう。

耳を塞ぎながら、ただただ、その時が過ぎるのを待つしかないのだ。


あまりの怖さ、そしてそれ故に大切な人を介抱できない無力さ、人間としてあるまじき態度をとる自分に絶望し、涙が止まらなくなるのだ。

こんな最低な自分、消えてしまいたい、と。


日々の生活をどんなに頑張っても、
人に優しくしても、
最後の最後には、
冷たい人間
としか見られない。


続く。