テレビだと落ち着かない気分の夜、
なんとなくラジオをつける。


ジャズっぽい曲とともに、
朗読ふうなDJの声。


じんわりとした時間。


最近欠かせないひととき。

映像はないけど、イマジネーションを働かせて、
色んな情景を思い浮かべてみる。

なかなか至福の瞬間。


明日も平和な一日になりますように。


ある時から、一人でいるのが寂しくて、
恋愛に逃げるようになりました。


辛くてもしがみついてしまったり。


元夫と付き合うようになった時も、

今から思えば、

ハチャメチャな私でした。

元夫へは六年くらい想いがあったからか、
付き合って間もなく、
そのまま結婚。


つまり、年齢的に、大人として、社会人として
走り出した頃、

私は一人になって、

自分のこと、

他人との在り方、

どう生きていきたいのか、

恥ずかしながら、

じっくり考えたことは
ほとんどありませんでした。


いま、一人でいることで
気づくこと、
たくさんあります。


もっと早く、気付けたらよかったな、
と後悔ばかり。


でも、

人のことを羨んだり、
ひがんだりすることはあっても、

言い聞かせることができるようになってきました。


それは、



みんな平等


ということ。


羨ましく思える人でも、

どこかに苦労を抱えているかもしれない、

と。


これって、
私はかなり悪人ぽくなってしまうけれど、


自分だけが不幸、と思うよりはマシだ、

と言い聞かせてます。


これって負け惜しみでは?という方もいるかもしれません。


でもそうじゃないと思ってくれる人、


いろんな生き方の人がいていい、

と思ってくれる人が

増えてくれたら、


もう少し日本で生きやすいのかもしれないなぁ、


と思う、今日この頃です。


結婚や妊娠への憧れ。

誰かと共に生きること。

やりたかった仕事への想い。

みんなみんな、

嘔吐恐怖で、手離さなければならなかった。


病気だけじゃなく、
私の性格が良くないから、
手離さなければならなかったんだろうけど。


でも、

手離したことで、

今を生きてる。

病気は、陰に隠れてくれるから、

とりあえず、

仕事だけはできる。


いろんな想い、どうしても断ち切れないままだけど。

一人で生きる寂しさに、
苦しくなるけれど、


でも、


今を生きてる自分、

自分だけは否定しちゃいけない、
認めなきゃ。

 

今月は、割と調子がよくて、
なんとなくしっくりこない日も、
気力でカバーできてた。

でも一昨日ぐらいから、
何もやる気が起きず、
昨日今日はひたすらだらだら。

私は、やる気が起きないのと
寂しさはセットになっているみたいで
ひたすら寂しくて仕方がない。


いつもこんな状態になると、
いけないこととは思いつつ、
離婚してなかったら、
病気じゃなかったら、
って過去を悔やみ、
病気の原因となった親を恨み、
そんな自分、人として最低だと思い、
しんどい。


こんなんでも今までは、処方されてる以外の薬は
飲んだことなかったけど、
昨夜は、以前もらって残っていたデパスを
頓服として服用。

前は飲んでも大したことなかったのに、
今日はふらふらな一日で、
そんな副作用を感じてると、
余計みじめになる。


この落ち込み、
何なんだろう。

一人で生きていくのが、
あと50年も続くのかと思うと、
重すぎる。。


明日からまた新しい一週間が始まるのに、
暗くてすみません。。
嘔吐恐怖とともに生きる。-20090405133208.jpg
この前の日曜日の桜です。

また来年、同じ桜を見れるといいなぁ、
と思いながら撮りました。

今週もあと2日。
頑張ります。

ちょこちょこ、いろんな方々のブログにお邪魔させていただき、

そして、コメントでもやりとりさせていただいていること、

いつも有難いことだなあ、と思ってます。


私の記事には、

暗い文章が多いのに、

コメントではわりと明るい印象が残る、

と感じていらっしゃる方がいるかと思います。


コメントに説得力ないかもしれませんが、

自分のことは差し置いて、

書かせていただいてます。


なんかうまくいえませんが、


みなさんいろんなこと、抱えていらっしゃるのに

一生懸命に日々すごしていらっしゃって、

自分なんかより、元気に、幸せにいてもらいたい、

と思うと、

自分の記事とはちがう文面になってしまうのです。


綺麗ごとに聞こえるかもしれません。

言い訳に聞こえるかもしれません。


でも、しょうもない自分に生き続ける力をくれる、

みなさんへの

正直な気持ちです。





普段は、陰に隠れている病気。


私の場合、置かれる状況にとても左右される。
だから、環境によっては、病気が露出しないことも。



今日もまた、強風で電車が遅れて。
いつもは乗らない、並走している電車に乗ってみたものの、
他の人と密着する満員電車。


周りには具合悪そうな人、今にも吐きそうな人なんていないのに、
口を動かす音が聞こえてくるだけで、
体が勝手に、ビクッと反応してしまった。


聞こえてくる側の背中から脚の付け根にかけて、
ビクッとしてしまう。


電車には乗れるけど、
逃げられるスペースがあるくらいじゃないと、
やっぱりだめだ。。。


最近、食べ過ぎることはあっても、
それ以外のところでは割りと調子はよかったから、
調子に乗っていたけれど。


でも、やっぱりだめだ。。。


希望を持っちゃいけないのに、
やっぱり夢や希望を持ってしまった瞬間に、
現実は訪れるようになっている。


ジェイゾロフトを飲むようになって一ヵ月半。


一日飲み忘れると、次の日のお昼には、
目がまわるような感覚に陥る。


それだけ、薬がないと、
ちゃんとできないということなんだな。。


仕事している時間は元気だけど、
その元気は、
嘘の自分のような気がしてきて、
なんで元気でいるのか、
元気に振舞っても、評価してもらっても、

冷酷な私は、

結局最後は意味なくなるのに。


・・・

落ち込んでいるというよりは、

冷静になる瞬間、いつもこんな感じです。


なぜ、ここまで自分が冷酷なのかは、

また改めて記事にしたいと思います。



何度だってやり直せる
だけど今は二度と来ない


レミオロメンの「もっと遠くへ」という歌の歌詞の一部。


私は、今まで歌を聴いて泣くことはあっても、
聴いたその時だけグッと来るタイプでした。

元々音楽をやってたせいか、
今でも、歌詞よりメロディに気持ちを乗せることが多いです。


でも、初めて、詞に揺さぶられています。


この歌は、北京オリンピック時のテレビ局のテーマソングだったんですが、
当時はまともに聴けませんでした。


レミオロメンには、甘く、苦い思い出がたくさんありすぎて、
曲がみずみずしいだけに、
思い出が鮮明に甦ってくるのが辛かったから。


でも、そのみずみずしさに浸りたくなって、
先日、迷いに迷って、
CDを購入。


この曲の、このフレーズが、
病気になってから、そして離婚してから、
立ち止まったままの今の自分に
ダメ出しと、前へ進むことの大切さ、
を痛いほど突きつけてきました。


やり直そうとしたけど、今の自分、目標が何一つ定まらず、
何で生きているのか、
どうしたいのか、どう生きていきたいのか、
いつの間にか目を背けてしまっていることに気づきました。



情けなくて、寂しくて、
涙が止まらず、
連休は泣き通し。。


とてもとても、久しぶりに、号泣しました。


傷つくことを恐れて、何もできない自分。
人や環境のせいにばかりな自分。


原点に戻り、立ち向かって行きたいと思った、
今回の連休でした。
一昨日は二つの病院へ。

まずは、

ここ1ヶ月くらい、鼻がむずむず、目もかゆかゆ。。

先週はとくに目が痒くて、ごろごろごろ。。

市販の目薬も全く効かないので仕方なく眼科へ。。


すると、


特に大きな目の病気ではないですが、
諸症状からいって…


花粉症ですね。


ガーン( ̄▽ ̄;)


ガンの告知のような雰囲気で言われたため、
余計にショック。

去年の今ごろは、遠い遠い北国にいたため、
一気に反応してしまったようで。。

アレルギーの薬は日頃飲んでるSSRIより遥かに眠い。
だるい。
副作用で食欲増加。。

少し前からだけど、
食事やスキンケアがナチュラルになって、
肌の調子がよくなったことだけが救いです(泣)。


二つ目は、いつものクリニックへ。

最近は限られた時間で自分の状況を的確に伝えようとするので、
まるでプレゼンテーションみたいになってます(^^;。

先生はキーボードをひたすら打つ方なので。


今回は意外な反応をされたので、
やった!とちょっと嬉しかったです。

決して、評価をしてもらうために、偽ってるわけじゃないです、念のため。


私の場合、薬でなんとかなる病原ではないからかもしれませんが、
あまり積極的な治療をしてもらえないんです。。

ちょっと駆け引きみたいな感じで疲れますが、
仕方がないのかも。。


次回は二週間後なのか、1ヶ月後なのかも、
どちらでもいいです、と言われるしまつ。。


同じように悩んでる方が、いませんように。。