今秋、チャイコフスキーの歌劇、
エフゲニー・オネーギンから抜粋して演奏する。

だが、

エフゲニー・オゲーニン、
エフゲニー・オネーニン、
エフゲネー・オゲーニン………

正しく言えたことは、まだない。

ペールギュント
とか、
ルスランとリュドミラ
とか、
もうちょっと覚えやすい名前だったらな。

外国人にとっての、日本の歌舞伎もこんな感じだろうか

今夜はとても久しぶりにお出かけしてきた。

ここ数ヶ月、花粉の季節だったり、祖母が危ない日々が続いて、
誰かと出かけることをしなくなってた。
祖母の葬儀やら、仕事の担当が変わったりで、
外面だけは良くしておく癖のある私、家に帰るとぐったりの日々。

なにをやるのも億劫で、花粉も飛ばなくなって、祖母の葬儀からもはや何週間か経ってるのに、
なかなか、動けずにいた。
これじゃいけない、と思いながら。

そんなある日、同僚から、フラメンコのライブを誘われて。

本日、鑑賞してきた。

今まで、ドラマとか映画のワンシーンでしか見たことなかったけど、
本物の迫力はすごかった!

熱かった。

最初、入り込めないかな、と不安だったけど、じぃっとひたすら手拍子とステップと、踊り子さんの手の動きを見ていると、
どんどん引き込まれてしまった。

クライマックスの高揚感は、何ともいえない熱さを、胸の奥に感じた。

ジャンルは違えども、アマチュアではあるけれど、自分も同じく音楽に浸かる身であり、がんばろう、と励まされた夜だった。

そういえば、四年くらい前は舞台とか歌手のコンサートとか行って、生でパッションを感じる時間を過ごしてたのに、
いつの間にか、こなすことに追われて、純粋に、感じる、ということを疎かにしてきたような気がする。
いつの間にか、新しいもの、こと、ひと、環境を受け入れにくくなってしまってたような気がする。
そりゃ、進化しないわけだ…。

きっかけをくれた同僚に、感謝。

動け、ワタシ。

今夜はとても久しぶりにお出かけしてきた。

ここ数ヶ月、花粉の季節だったり、祖母が危ない日々が続いて、 誰かと出かけることをしなくなってた。

祖母の葬儀やら、仕事の担当が変わったりで、 外面だけは良くしておく癖のある私、家に帰るとぐったりの日々。

なにをやるのも億劫で、花粉も飛ばなくなって、祖母の葬儀からもはや何週間か経ってるのに、なかなか、動けずにいた。これじゃいけない、と思いながら。

 

そんなある日、同僚から、フラメンコのライブを誘われて。 本日、鑑賞してきた。

 

今まで、ドラマとか映画のワンシーンでしか見たことなかったけど、 本物の迫力はすごかった!

熱かった。

 最初、入り込めないかな、と不安だったけど、じぃっとひたすら手拍子とステップと、踊り子さんの手の動きを見ていると、どんどん引き込まれてしまった。

 

クライマックスの高揚感は、何ともいえない熱さを、胸の奥に感じた。 ジャンルは違えども、アマチュアではあるけれど、自分も同じく音楽に浸かる身であり、がんばろう、と励まされた夜だった。

 

そういえば、四年くらい前は舞台とか歌手のコンサートとか行って、

生でパッションを感じる時間を過ごしてたのに、いつの間にか、こなすことに追われて、純粋に、感じる、ということを疎かにしてきたような気がする。

いつの間にか、新しいもの、こと、ひと、環境を受け入れにくくなってしまってたような気がする。

 

そりゃ、進化しないわけだ…。

 

 

きっかけをくれた同僚に、感謝。

 

ただ生きる。

親よりは長生きする。

特別な夢とか目標が見つからなくて、
わからなくて、
もがいて、
やっとたどり着いたこと。

誰かのために、何かのために、
頑張ってる人たちを、本当に尊敬する。


ただ生きる。

親よりは長生きする。

特別な夢とか目標が見つからなくて、
わからなくて、
もがいて、
やっとたどり着いたこと。

誰かのために、何かのために、
頑張ってる人たちを、本当に尊敬する。

「わがんせ」と読むらしい。
瀬戸内寂聴さんが言ってた。

どんなに辛くても、嫌な目に合っても、
冷たくされても、
笑顔を向けなさい、と。

幸せは笑顔のもとに。
沈んだ顔のところには更なる不幸しかやってこないと。

どんなに怒りんぼうの人でも、一週間もしたら、
ふとした瞬間に微笑んでくれると。

今日の自分は、どれだけ穏やかでいられただろう。

毎年毎年、季節が巡って、同じ季節なのに、想うことが変化していく。

周りの変化に柔軟に適応できないくせに、
自分勝手だ。

髪を切った。

ボブとセミロングのループで、パーマかけたりいろいろ遊んだが、
昨年からはずっとボブをキープしている。
伸ばすのが、なんか苦手になってしまった。

ロングが髪質に合わないのと、気持ちが引っ張られる感覚がしてしまうのだ。

なんだか、誰かに頼りたくなる気分になってしまうというか。

軽くてケアが楽チン、というのももちろんあるのだけども。

スキンケアとか、体型維持とかはズボラだけど、髪だけはわりとまめなのは、そんな理由に因るのだ。

ひまわり。
小学生のとき、教育テレビで放送されていたのを見たことがあったけど、
意味不明だった。
30代になったいま、これは染み入る。
一面がひまわりの風景は、ひまわりだこらこその切なさが。


おくりびと。
祖母の死で目の当たりにした、納棺の儀。
映画は大袈裟なパフォーマンスというレビューを見かけたが、
いやいや、現実の納棺はもっと大袈裟で、
ちょっと笑ってしまった。。

四年前、祖父のときは、バタバタとしていて納棺に携われなかったのと、
たった四年前なのにあまり印象に残ってなくて、
今回は寝ずの番をやったこともあって、
死ぬということをちゃんと胸に刻もうと思ってDVDを借りてきた。

身近な人の死を若いうちに体験していないせいにして、
身近な大事な人を亡くした、大切な人の気持ちを思いやることができなかったことを、
今更ながらに申し訳なかったな、と思う今日この頃です。