こんにちは
心理セラピストの野沢ゆりこです。
おもに東京・千葉で活動しています。
野沢ゆりこのプロフィールはこちら
どんな人に向けて活動しているの?
自己否定が強い
自分責め、罪悪感が強い
そんな人が過去はどうであれ、
「私っていいな」に変わるセラピー
を目指しています。
今日から10月ですね。
昨日は親戚から栗とさつまいもが届きました。
ありがたいですね~![]()
さつまいもは天ぷら、焼き芋、スイートポテトに、
栗は茹でたり、蒸したり、栗ご飯にしようと思います![]()
_________________________
なぜ私たちは相手を操作したくなるのか?~その奥にある本当の願い~
「察してくれないかな」
「○○して、△△して、そうやって相手を少し試してみよう」
──そんな気持ちになったことはありませんか?
心理学ではこうした行動を「対人操作」と呼びます。
相手を自分の思いどおりに動かすための言葉や態度。
聞くとネガティブな響きがありますが、臨床心理の世界では、これはずるさではなく生き延びるための戦略と理解されています。
パーソナリティ障害に見られる操作性
対人操作は、とくにパーソナリティ障害の臨床でよく見られます。
・境界性パーソナリティ障害(BPD)
最大の特徴は「見捨てられ不安」
恋人からの返信が数時間ないだけで「もう死ぬ」と大量のメッセージを送ったり、
自傷をほのめかして注意を引こうとします。
→背景には「置いていかないで」「安心したい」という切実な願いがあります。
・自己愛性パーソナリティ障害(NPD)
「特別でありたい」「認められたい」という欲求から、人を褒めて取り込み、自分の評価を守るために責任を転嫁することがあります。
→実は「本当の自分には価値がないのでは」という不安を抱えています。
・反社会性パーソナリティ障害(ASPD)
罪悪感が乏しく、他者を利用することにためらいが少ないのが特徴。
嘘をついて利益を得たり、相手の弱みを握って従わせることも。
→ 背景には「力で支配しなければ生き残れない」という信念が根付いています。
・依存性パーソナリティ障害(DPD)
「一人では生きられない」という思い込みから、相手に過度に頼り、弱さを強調して引き止めようとします。
→ 根底にあるのは「自分には自立する力がない」という自己イメージです。
一見すると「ずるい」「支配的」と感じられるかもしれませんが、その奥には
つながりを失いたくない気持ちが隠れています。
操作は“悪”ではなく“戦略”
こうした操作的な関わりは、相手を困らせたいからではありません。
むしろ、関係を必死に守ろうとする心の防衛なのです。
-
嫌われたくない
-
見捨てられたくない
-
自分の価値を失いたくない
その不安が強ければ強いほど、操作は強固になります。
対人操作は本能でもある
対人操作は、実は人間に組み込まれた本能でもあります。
その最初の姿が「赤ちゃんの泣き声」
お腹がすいた、抱っこしてほしい──赤ちゃんは言葉を使えないので、泣くことで大人を動かします。
これはまさに「操作」ですが、生き延びるために欠かせない行動です。
本来、人は成長するにつれて「お願いする」「交渉する」「感情を表現する」
といった成熟した方法に切り替わっていきます。
未だに「泣く」戦術を使い続けている人もいますね。。。
特に幼少期に、「操作しないと応えてもらえなかった」環境で育つと、そのやり方が強化され、大人になっても残ってしまうことがあるのです。
つまり対人操作は、
-
本能としての基盤(赤ちゃんの泣き)
-
学習による強化(過去の人間関係での経験)
この両方から形づくられているのです。
私たちの日常にもある小さな操作
対人操作は、パーソナリティ障害に限らず、私たち誰もが日常で使ってしまうことがあります。
-
「言わなくてもわかってよ」と思いながら、態度で示す
-
不安を言葉にする代わりに、怒りや沈黙で表現する
-
相手を試すような駆け引きを仕掛ける
こうした「小さな操作」は無意識のうちに出てきます。
それは「支配欲」というよりも、「安心したい」「拒絶されるのが怖い」という気持ちから生まれるのです。
健全な関係を育てるために
では、操作に頼らずに関係を築くにはどうすればよいでしょうか。
1. 境界を意識する
「相手の感情は相手のもの、自分の感情は自分のもの」
境界があいまいだと、操作に巻き込まれたり、自分も操作してしまいます。
2. 感情の奥にある欲求を言葉にする
怒りの奥には「理解してほしい」、涙の奥には「安心したい」
本当の願いに触れ、それを素直に伝えることが大切です。
3. 操作しなくても関係が続く体験を重ねる
安心できる関係の中で「素直に言っても大丈夫」という経験を積み重ねること。
これが操作を手放す大きな力になります。
おわりに
対人操作は「ずるい性格」や「支配欲」の表れではありません。
それは、人とつながりたいという必死な心の表れです。
正直、私は、このような手法を目の当たりにすると、「何てずるい!」「支配的!」と怒りを感じることがあります。
(自分も察してコミュニケーションをすることがあるのですが、それは棚の上にあげて。。。)
そのような操作に気づいたとき、それは「成長のチャンス」そして「相手を知るチャンス」です。
自分や相手の中の不安や欲求を正直に見つめ直すことで、もっと安心できる関係を築けるきっかけになります。
今日一日を振り返ってみてください。
「察してほしい」と思った場面はありませんか?
相手に対して「ずるい!」「支配的!」と怒りを感じた場面はありませんか?
もしあるのならば、その気持ちを言葉にして伝えるとしたらどう表現できるか、考えてみてください。相手は何を求めているのかを想像してみて下さい。
その小さな一歩が、人とのつながりをもっと健やかで安心できるものに変えていけます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
【募集中】
メルマガを始めました。読者登録お願いしま~す!!!
心理セラピーについて詳しくお知りになりたい方はこちらをご覧下さい
![]()
リトリーブサイコセラピーとは?
![]()
和姐さんの4冊目になる書籍が発売になりました!!
![]()



リトリーブサイコセラピー基礎コースが新しくなりました。オンライン+スクーリングの新しい形のコースです。







