こんにちは
心理セラピストの野沢ゆりこです。
 
 
おもに東京・千葉で活動しています。
野沢ゆりこのプロフィールはこちら
 
 
 
どんな人に向けて活動しているの?
 
自己否定が強い
自分責め、罪悪感が強い
そんな人が過去はどうであれ、
「私っていいな」に変わるセラピー
を目指しています。
 
   
 
 
リトリーブサイコセラピー協会のサービス、
電話カウンセリングを担当しております。
こちらもよろしくお願いいたします。
 
 
今日は一日中雨 ですね。
ですね。
いかがお過ごしですか?
 
 
しかも肌寒いですね~
冷や奴よりも湯豆腐の気分ですね。
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「重要な他者」に振り回されていませんか?
~他人に自分の価値を委ねるということ~
 
その一言が、心に刺さってしまうとき
 
「なんであんなことで、こんなに心がざわつくのだろう?」
そんなふうに感じたことはありませんか?
 
 
たとえば、コンビニ店員の不愛想な態度に傷ついたり
近所の噂話がやけに気になったり、
SNSで目にした誰かの言葉が、なぜか心に引っかかって離れない。
 
 
それは、自分の中の軸が外側に向いているからかもしれません。
自分軸じゃなくて、他人軸だということです。
 
 
「他人軸」で生きるということ
 
「他人軸で生きる」とは、自分の価値や在り方を、
他人の評価や言動に委ねてしまう状態のことです。
 
 
自分の感情や自己評価が、他人のちょっとした反応に左右されてしまう。
すると、心はいつも不安定で疲れやすくなります。
 
 
以前の私は「他人軸」でした。。
ホントに他人の言動にいちいち揺らがされていました。
 
 
なんであの人はあんな態度なの? 
なんであの人はあんな目つきで私を見るの?
なんであの時あの人はあんなことを言ったの?
 
 
他人は「自分の価値を貶めたり、ここに生きていていいよって許可をくれる存在」
そう思っていたのです。
だから他人が気になってしょうがなかったのです。
 
 
自分がやっていたからこそわかるんです。
私は自分の価値を他人に委ねていたと。
 
 
他人なのに心が揺れる、その理由
 
本来なら、ただの他人に過ぎない相手、
すれ違っただけの他人、隣合わせただけの他人、偶然に出会っただけの他人
その他人の放ったひとこと、動作、雰囲気、目つき、ふるまいに対して、
 
 
なぜこんなにも心が揺れるのでしょうか?
 
 
それは、その人が「自分の価値をゆるがすほどの影響力を持ってしまっている」
ということです。
心理的には、すでに「重要な他者」として内面に位置づけてしまっているのです。
 
 
「見ず知らずの人」に否定されたように感じたり、
「本来関係ないはずの誰か」の言葉が気になって仕方がなかったり。
 
 
そうした心の反応の裏には、
過去に出会った本物の重要な他者=親、先生、その他の厳しい、冷たい、怖い大人
との未解決なテーマが影を落としていることがよくあります。
 
 
目の前のその人は、ただのきっかけにすぎず、
私たちの心は、内側に残っている記憶の誰かに反応しているのかもしれません。
 
 
 
自分のものさしを取り戻すには
 
では、どうすれば「他人軸」から自由になれるのでしょう?
まず大切なのは、「他人と自分との間に心理的な境界線を引くこと」
 
 
他人の言動は、その人自身の背景や内面から出ているもので、
それが「自分の価値」そのものではない、という前提に立つことです。
 
 
そして、自分の中にある「もう役割を終えたはずの重要な他者」
に気づくことです。心の中で、こう問いかけてみて下さい。
 
 
「その声は、誰の声?」
「その評価は、今の私に本当に必要?」
 
 
他人の感情は他人のもの
 
 
コンビニ店員が不愛想なのはコンビニ店員の感情です。
SNSで毒づいている人の感情はその人のものです。
自分とは何の関係もないのです。
 
 
例え自分に向けられた怒りや嘲笑であったとしても、
受け取りたくない感情は受け取らなければいいのです。
 
 
他人の感情、言動に振り回されるとき、つまり
無関係な他人を「重要な他者」として扱っていると気づいたら、
こんな風に自分に問いかけてみて下さい。
 
 
「私は誰の声で生きている?」
「私の価値は誰が決めている?」
 
 
他人のまなざしから自由になったとき、
きっとあなた本来の穏やかさが戻ってくると思います。
 
 
最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 
 
【満席御礼】
お申込みを締め切らせていただきました。
 
