こんにちは
心理セラピストの野沢ゆりこです。
東京・千葉で活動しています。
野沢ゆりこのプロフィールはこちら
こんな方へ
理由はわからないけれど、生きづらい
親との関係に原因がある気がする
人に合わせてばかりで疲れてしまう
でも、どうしたらいいかわからない
そんな状態で悩んでいる方に向けて、
複雑に絡まった心の糸を一つずつ
ほどきながら、たくさん傷つきながらも、
ずっと頑張ってきたあなたが、
自分の感覚を取り戻していくための
セラピーを行っています

心理セラピーは、親の○○が解けること
私の心理セラピーの師(大鶴和江氏)が、こんなことを言いました。
「心理セラピーとは、親の洗脳が解けること」
まさに、その通りだと思います。
私自身の体験を振り返っても、まさにその通りです。
私が初めて心理セラピーを受けたとき、セラピストから、こんなことを言われました。
「あなたは悪くないんですよ」
私は、その言葉に驚きました。
そんなことを言ってくれた人は、それまで一人もいなかったからです。
私は長い間、両親から否定されてきたことも、その後の人生が生きづらいことも、人間関係がしんどいことも、自分が悪いと思って苦しんできました。
「全部自分が悪い」
ということは、私にとって疑いようのない事実でした。
だから、苦しくても仕方がないと思っていたのです。
それなのに、目の前のセラピストは、
「あなたは悪くないんですよ」
と言うのです。
でも、心のどこかで、
「もし本当にそうだったら、嬉しいな」
と思いました。
自分が悪いのではないかもしれない。
そんな可能性があることすら、それまで考えたことがなかったのです。
今振り返ると、あれは私がずっと信じてきた「当たり前」が、初めて揺らいだ瞬間だったのだと思います。
私には、もう一つ、長い間信じていたことがありました。
それは、
「私は頭が悪い」
ということです。
頭が悪い自分はダメだ。
だからもっと頑張って、早く頭が良くならなければいけない。
そんな強迫的な思いや劣等感を抱えて生きていました。
ところが、心理セラピーを通して、あることに気づいたのです。
「頭が良くなければいけない」と思っていたのは、私ではなく両親だった。
そして、さらに衝撃的だったのは、
「自分は頭が悪い」という強い劣等感を抱えていたのは、父だったということです。
父は、自分の中にある深刻な劣等感を抱えきれず、娘である私に背負わせていた。
私は、父の劣等感を自分のものだと思って、ずっと生きていた。
なぜ、こんなに苦しい思い込みを手放せなかったのでしょうか。
それは、その思い込みを持ち続けることにも、私にとって意味があったからです。
リトリーブサイコセラピーでは、これを「心理的利得」と呼びます。
頑張っていたら、いつか両親に認めてもらえるかもしれない。
頭が良くなれば、自分を受け入れられるようになるかもしれない。
自分は頭が悪いと思っていれば、もっと頑張ろうと自分を奮い立たせることができる。
つまり、「自分は頭が悪い」という思い込みは、私にとって、希望であり、生きる原動力にもなっていたのです。
「頭が悪いこと」が希望って、かなりヘンですが、
親にも自分にも希望や期待を持っていたい、生きることへの絶望を回避したいということなんです。
「あれは父の劣等感だったんだ」
「私はそれを背負わされていたんだ」
そういうことが本当に腑に落ちるまでには、長い時間がかかりました。
でも今は、こう思います。
大切だったのは、「私は本当は頭が良い」と思えるようになることではなかった。
もちろん、頭は良い方がいいと思います。
でも、そもそも何をもって「頭が良い」「頭が悪い」と決めるのでしょうか。
算数の問題を間違えずに解けること?
テストで高得点が取れること?
人よりも優れていること?
物事の飲み込みが早いこと?
でも、そんな限られた尺度だけで、人の頭の良し悪しを決められるのでしょうか。
それなのに私は、父が持っていた「頭の良し悪し」の尺度を、疑うこともなく自分に当てはめ、「私は頭が悪い」と劣等感を抱いていたのです。
父が自分を測って苦しんでいた物差しで、私まで自分を測り続ける必要はなかったのです。
これまで多くの方の心理セラピーに関わってきましたが、
同じような変化を何度も目にしてきました。
「私が悪い」
「私は無価値だ」
「私はダメな人間だ」
そんなふうに、自分のことを信じて疑わなかった人が、
「私は悪くなかったんだ」
「私は無価値なんかじゃなかったんだ」
「私はダメな人間ではなかったんだ」
と気づいていく。
あるいは、自分についての思い込みだけではありません。
「お母さんはかわいそうな人」
「お父さんはすごい人」
そう信じて疑わなかった親の姿が、違って見えるようになることもあります。
お母さんは、本当にかわいそうな人だったのでしょうか。
お父さんは、本当にそんなにすごい人だったのでしょうか。
そして、たとえお母さんがかわいそうだったとしても、子どもである自分が救わなければいけないのでしょうか。
親が自分のことをどう思っていたか。
親が自分自身のことをどう思っていたか。
親が世の中をどう見ていたか。
幼い子どもは、そうした親の見方や価値観を、知らず知らずのうちに取り込んでいきます。
親の言うことが正しい。
親の見ている世界が、そのまま世界のすべて。
そんなふうに受け取ってしまうこともあります。
だから、親の価値観だけでなく、親の劣等感や罪悪感、恐れまでも、自分のものとして背負ってしまうことがあるのです。
そして大人になっても、それを「自分の性格」や「自分の問題」だと思って苦しみ続ける。
でも、それは本当に自分のものなのでしょうか。
自分のものだと思っていた劣等感が、実は親から受け継いだものだった。
疑いようのない事実だと思っていたことが、実は親の価値観や思い込みだった。
心理セラピーでは、そんなことに気づいていきます。
でも、長年信じてきたことは、気づいたからといって、すぐに手放せるものではありません。
だからこそ、心理セラピーは、ただ頭だけで理解するだけのものではないのだと思います。
自分が何を感じ、何を信じ、何を背負って生きてきたのか。
それを少しずつ紐解きながら、自分自身を取り戻していく。
その過程が大切なのだと思います。
ただ、一つ誤解してほしくないことがあります。
心理セラピーは、親を悪者にするためのものではありません。
親自身もまた、自分の親から受け継いだ価値観や思い込みに苦しんでいたのかもしれません。
私の父も、自分の劣等感に苦しんでいたのだと思います。
でも、父が苦しんでいたからといって、私まで同じ苦しみを背負う必要はなかったのです。
親の価値観と、自分の価値観を分けること。
親の感情と、自分の感情を分けること。
親の人生と、自分の人生を分けること。
そして、親の物差しではなく、自分自身の感覚で、自分のことを捉えられるようになること。
それも、心理セラピーの大切な働きの一つです。
「心理セラピーとは、親の洗脳が解けること」
今では、その意味がよくわかります。
親から教えられたことが、すべて真実とは限らない。
親が自分に抱いていた評価が、本当の自分を表しているとは限らない。
そして、親が抱えていた苦しみを、自分まで背負い続ける必要はない。
あの日、セラピストに「あなたは悪くないんですよ」と言われたとき、
「本当に?そうだったら嬉しいな」
と思いました。
あの小さな希望から、私の中で何かが変わり始めたのだと思います。
ずっと信じてきたことを、これからも信じ続けなくてもいい。
それは、自分の人生を取り戻していくことでもあるのだと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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