こんにちは、美功です。

 

今日も寂しく、厳しい話です。

 

あまり書きたくない話の系なので避けていたお話です。

 

 

昨日は、時間は大切

 

どう時間を使うかは自分が決める。

 

時間を共有してくれる方への感謝について書きました。

 

 

 

一見、待たされた挙句、ほぼ放置された私は可哀想な感じですが

 

実際、みじめですが笑い泣き

 

よく考えると、その状況を選び、つきあったのは自分なのでした。

 

途中で何度も、「帰る」「断る」チャンスがあったのに

 

その選択をしなかったのは私です。

 

長い間、相手のせいにしていたんですけどねガーン

 

 

その知人と距離をさらにもったら、より客観的に気づいた事があります。

 

 

思えば知人がしていた会話がグチと悪口でしたガーン滝汗

 

その知人は、学生時代から、そうでしたが

 

知人のその様子に対して、疑問が浮かばなかったのです。

 

 

いつもそんな感じだったので、慣れていたんです。

 

でも、社会人になり、滅多に合わなくなり、距離ができると、

 

それまで気が付かなかった部分が目に付くようになったのでした。

 

 

久しぶりにあっても、楽しい話題はほぼなく、

 

私の話をきくこともなく、ひたすら愚痴を聞いている時間アセアセ

 

 

その状況になれていたので、私もよく愚痴と悪口をいっていました。

 

疑問も違和感もなかったです。

 

ですが、日常的に愚痴と悪口の多い人とつきあわなくなったら

 

さらに、愚痴と悪口をいう人がどんどん減っていきました。

 

愚痴と悪口をいう状況が普通でなくなったのでした。

 

 

私だって愚痴や悪口をいうことがあります。

 

ですが、そればっかり話すことも、聞くこともなくなりました。

 

単純に、愚痴と悪口を言う人とつながらなくなったから、当然と思うかもしれませんが

 

ポイントは、慣れがなくなったことだと感じています。

 

 

私は子どもの頃から、身近に愚痴、悪口をいう人がいる環境でした。

 

だから、その状況を普通のこと、当たり前に受け取っていたのです。

 

 

とはいえ、何が普通、当たり前なのか?

 

それはあなた自身の感覚、ひとそれぞれなのです。

 

 

自分がそのことに嫌だと、やめたいと感じていなかったら

 

抜け出すこともできなかったのです。

 

 

現状維持バイアスの話の時に書きましたが

 

生き物は変化を嫌います。

 

なじんだ環境、状況に慣れ親しんだ状況を好むのです。

 

 

 

 

なので、

 

もしあなたが、日常で違和感を感じたり

 

何か悩みができたなら、

 

幸せになるチャンスが巡ってきたのかもしれません。

 

これまでの当たり前から脱出、慣れをやめる

 

そんなチャンスかもしれません。

 

 

気になること、変えたいことがあるけど、はっきりわからない。

 

そんな時は相談してみてくださいね。

 

 功へ