歌碑巡りの続きです✨

美味しいホテルランチの後
続いて向かったのは

本部町にある
「伊野波節(石くびり)」の歌碑


こちらも、集落の中にはいり
歩いて向かいます






がじゃん(蚊)が沢山💦





伊野波の石こびれ
無蔵つれてのぼる

にやへも石こびれ
遠さはあらな


伊野波の石ころの坂道は、普段は難儀なただの石ころ坂道だが、愛しい人を連れて登って行く時は、もっともっと続いてほしいと思う


「石こびれ」は山の間の石ころ道で、「無蔵」は愛しい女性の事。 「にゃへも」はもっともっとという意味です。

伊野波の青年と伊豆味の女性が相思相愛となり、
伊野波で恋を語らい一夜を過ごした。翌朝女性を連れて石くびりまでやってきた。
石くびりは人目もないので手を取り合って登ってきたが、石くびりを過ぎると伊豆味の村に入り人目につくと困るので二人は名残を惜しみつつそこで別れる。

恋人との楽しいひと時からの別れの寂しさをうたっています。

琉球古典音楽の中でも名曲として知られ、
「諸屯」しゅどんと共に琉球舞踊の女踊りの双璧と言われています。







この曲、長いんですよね💦

この曲が、古典三線の試験の際、
新人賞の課題曲です。


聴くだけで、ひるむ難しさ笑い泣き💦


この後、御菓子御殿でちょっと休憩して

バスは東シナ海側の本部半島から、
太平洋側の名護市二見へ🚌




道中、バス車内にて先生による歌三線






着きました〜✨

名護市太平洋側 二見






こちらが「二見情話の歌碑」



二見美童や
だんじゅ肝清らしゃ
海山ぬ眺み
他所にまさてョ


二見の美童は評判通りに心優しい
同時に海や山の景色も他所に抜きんでて美しい
と謳われています。


廃藩置県後、首里士族を始め各地から人が移り住み全盛期には戸数80軒を数えたそう。

当時は山仕事が主で遠く与那原との間に山原船が行き交いました。

沖縄戦直後、本島中南部から多くの避難民や、疎開者がこの地に収容されその数、数千人に及んだといわれています。




この歌は当時二見村の村長をしていた照屋朝敏が作曲。

照屋朝敏は首里から二見に避難し、地元住民に親身になってもらったのだそう。恩返しの気持ちで歌を残した。「平和記念と二見の人への命からなる感謝を込めた」と記されています。

戦場の哀り
何時か忘りゆら
忘りがたなさや
花ぬ二見ョ



二見情話大会が毎年開催されています。


実はこの近くの国道331号には車で走ると二見情話が流れるメロディロードがあります音譜



ドライブしながら是非走ってみてください〜







帰りには、
バスガイドのかじのさんが
衣装を変えて
みんなで歌って楽しく踊り音譜音譜




とても充実した1日となりました✨


バスガイドのかじのさんのプロフェッショナルなご案内も素晴らしく、

森の中、静かな集落、海の波音、
古典の先生方の三線の音色、

遥か昔の、琉球の時代から
沖縄の人々は、
恋ごころ、
感謝、
喜び、哀しみ、
想いを詩にして、
三線にのせ、唄い継いできたのだと思います。


さらに歌三線、琉歌を知ることができて
よかったです✨


美ら島観光バスさん素敵な企画を教えてくださりありがとうございました💕😊

また参加したいです!!


あっ!
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