今日も一日… -4ページ目

今日も一日…

熱々の餃子を口に放り込むと焦げた皮がパリッと弾け、中から肉汁が溢れ出す、その瞬間が堪らなく好き。

下の子は、もうひとりで出掛ける年齢です。電車に乗り目的地へ向かい、何ごともなかったかのように帰ってくる。(本当に何事も無かったかの様に!こちらから聞かなければ話題はでません…)


その姿を見るたびに、ほんの少し胸の奥が波立っていたりします。言葉で表せない気持ち。



今年は体育祭には行かなかった…

子ども自身が「来なくていい」と言ったのもあるけれど、私自身も多分、そういう場所に私の居場所はないんだろうと思ったからです。

子どもから請われなければ無理に行く必要はないと感じていました。昔は、何がなんでも見に行きたかったのに笑


子供が、自分の世界で頑張っていることはわかっています。それをわざわざ確認しに行く必要はないと思うのかもしれません。


私はもう観客席で声を張り上げ、旗を振る立場より、帰ってきた子供に「おかえり」と声をかけるだけで良いのだと感じています。(大好きなおかずを作って)


子供が何かを成し遂げるのは、とても嬉しいです。と同時にどんどん遠くに行ってしまうのを実感します。


子供の世界が広がるのは素晴らしいことです。

そして、それは私の知らないことも増えていくということも…のどこかで、もう少しだけゆっくり進んで欲しいと願ったりする日もあります)


例えば、大谷翔平選手のような他の人の活躍には、

「すごい」と心から思い、同じ日本人として誇りすら感じてしまいます。


でも我が子のこととなると、そういう感情より

気がかりが先にくる様な気がします。

「無理をしないで」

「健康でいて」

「穏やかに過ごせている?」

ありふれた事ばかりだけれども。


私の様な親御さんもいるのではないでしょうか。


私は自分と子供の間に、境界線を引きます。

うっすらとした境界線。

冷たく感じる人もいるでしょう。私にとって、それは子供を一人の人間として見ている、信頼している証なのです。


私がそのラインを越えてしまうと、子供達は「自分だけの人生」を生きられなくなるのではという気持ちと、私もまた「自分の人生」を生きていない様な気がするからです。


子供達は、自分の世界へ飛び出して行く時に私は「いってらっしゃい」と静かに背を押してあげる親でありたいのです。