『プロジェクト•ヘイル•メアリー 』
アンディ•ウィアー 著
小和田和子 翻訳
「地球上の全生命滅亡まで30年……。
全地球規模のプロジェクトが始動した!
グレースは、真っ白い奇妙な部屋で、たった一人で目を覚ました。ロボットアームに看護されながらずいぶん長く寝ていたようで、自分の名前も思い出せなかったが、推測するに、どうやらここは地球ではないらしい……。断片的によみがえる記憶と科学知識から、彼は少しずつ真実を導き出す。ここは宇宙船〈ヘイル・メアリー〉号――。
ペトロヴァ問題と呼ばれる災禍によって、太陽エネルギーが指数関数的に減少、存亡の危機に瀕した人類は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を発動。遠く宇宙に向けて最後の希望となる恒星間宇宙船を放った……。」
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
を読了しました。
SF小説というより、良質なエンターテイメント小説だと思いました。
この小説の読みながら、ムクムクと湧き上がる感情がありました。それは『物理の勉強をもう一度やり直したい‼️』という(久しぶりに)感じる科学的基礎知識への欲求なのでした。
小説に描かれているのは、中学生でもわかるレベルでの科学的な内容なのですが、私の断片的な記憶(物理的法則や数学の理論)のせいで、小説の面白さを取りこぼしているというか、充分に面白さを堪能出来ていない感じがするのです。
この知識欲は、この不足感が影響しているのでしょう。
そして、この小説には、私が望んでいる関係性が描かれていました。
私は与えられるもの
(機会、チャンス、資源)に
関しては、公平であるべきだと考えています。
※割り振られるもの(役割、義務、責任)は、その限りではありません。
人同士の繋がりの濃淡(属性•仲の良さ•好き嫌い)によって、公平さを欠くことを私は好みません。
①他人との関係性において、自分の仲間(親族を含む)と、それ以外の人達を分けたがる人達がいます。
②その中には、分けるだけでなく瞬時に優劣をつける人達もいます。
③劣っているとした側、すなわち下に見た側に、配慮しない、無視をする、冷たくする、踏みつけること厭わないタイプの人達もいます。
私は③の人達が、どれだけ社会的に評価されていても、優と判断した人達に善行を尽くしたとしても、嫌悪すると思います。
その人の属する社会(属性)が違っている。
その人に情緒的な繋がりが無い。
好意的を感じる関係性で無い。
そんな関係性の人、
例えるならば、『通りすがり者同士』でも
状況によっては
理解しようと歩み寄ったり
協力しあったり、
お互いに手を差し伸べる事が出来ること。
私の理想とする人との関わり方は、基本的には『通りすがり者同士』の紳士的な対応なのです。
人には向き不向きがあると私は思っています。
私は、誰かと繋がることに慎重なタイプです。
なので他者との繋がりや親密さを重視し、その関係性に重きを置く生き方は性に合いません。
なので私が生きる上で培うべき力は、通りすがりの相手でも、状況によっては見捨てない胆力です。
この胆力を養うにはどうすれば良いのか、どう行動すれば良いのか、それが今の私の関心事の一つです。
この小説で描かれる主人公の決断は、そんな私の心に響きました。(ネタバレになるので詳しく書けないのですが、どんな決断だったのか知りたい方は、是非この小説を読んでいただければと思います。)