SprinteR -緋色の欠片- -8ページ目

SprinteR -緋色の欠片-

想う事 見る事 感じる事 願う事 言葉 小さな欠片だけれど ひとつひとつが 大切なもの

「あ、また来てるよ、長谷川君」


北野の言葉に集中していた手を止めて顔を上げる。


黒いパーカーのフードをかぶってポケットに手を入れながら、カウンターからよく見える洋画の新作を物色していた常連客に視線を向けた。

すらっとした長身のモデル体型に黒ぶちの眼鏡に隠れたその顔はそこそこの好青年で、深夜帯を担当している女性スタッフに陰ながら人気があり、今では、会員カードから名前まで知れ渡っている。北野がただの常連客の名前をしっているのはその経緯らしい。


彼はパッケージの中から新作のDVD引き抜くと流れるようにカウンターに差し出してきた。



「新作DVDなので最長12日のご利用になりますがよろしいですか?」

「あ、はい」


渡されたDVDを受け取ってセキュリティーキーを外すと、中のディスクの汚れを確認しながら業務的に会話をする。




「……牧田君って、今日は?」

「今日はもう帰りましたよ」




私が普段、彼とするのはこの会話のみ。

閉店30分前のぎりぎりの時間に来る彼はマキの友人らしく、お互いにマキと親しくしているのを理解しているのか、私がいるカウンターが空いていれば必ず私のところにきて確認してくる。

一度、店頭でマキと彼が会話している様子を見た事があるが、かなり仲が良いのか、見た事もない嬉しそうな笑顔をしていたマキを思い出す。


先程の北野との会話が戻ってきて、脳裏の思考回路に黒いモヤがかかった。


「何か、伝えときましょうか」


「え?」


「……この後会うんで」


少し驚いたように私を見つめる青年は、黙る。

私も黙ってそれをみつめる。


「……いや、大丈夫」


「そうですか」


普段言わない事を何故か口走ってしまい、少し後悔する。

(羨ましい、ではないけど。ちょっと八つ当たりだったかな……)




言葉としては言っても間違いではなかったが、少し語尾がきつくなっていたかもしれない。

帰り間際に会釈をしてきた彼に会釈返して、その背が入り口を出て行くのを見届けた。
















――結局、仕事は終わらず残業する羽目になってしまった。


北野が手伝ってくれなかったらもっと時間がかかっていたであろう、いつかお礼をしなければと思いながらも、手土産のビールを片手にマキの家へとバイクを急がせた。


彼の家は職場からバイクで10分ぐらいのところにある。そこまで離れてはいないが、時刻はすでに夜の23時を過ぎている。彼は仮にも学生であるから、明日どういうスケジュールかはわからないが、あまり夜通し遊ぶのは酷だろう。


二階建ての黄色いアパートにつくとバイクを急いで止め、階段を駆け上がる。一番奥にある205号室が彼の家だ。薄暗い共有通路でも、そこの部屋だけ明かりが窓から漏れている。


私は目的の玄関扉を見て怪訝な顔を浮かべた。

ドアが何かに突っかかり半開きになっているのだ。近づく事に部屋から声が漏れてきた。


「……今日は駄目だって……!」


「じゃあ、いつならいいんだ……っ!」



小さく聞こえる二つの声に、思わずインターフォンを押す手を止めて入り口の前で立ち尽くす。



深く付き合い始めてから5カ月。

こういった【縺れ】に出くわしたのはこれが初めてではない。


もともと整った顔達の彼だから、恋人の一人や二人いてもおかしくないとは思ってはいたが、一番最初に見た時は「ああ、予想の少し斜めだった」と眩暈がした。うつむいた視線の先に見慣れない紳士物の靴が扉に挟まっているのを確認すると深く溜息をつく。




――だれかにとられちゃうよ?



(とられる、とられない、以前の問題なんだよね……本当)



ふと北野から言われた言葉が頭をよぎる。



「俺はまだ別れたなんて思ってない……!」



静かに玄関のドアを開いた瞬間に、知らない声はそんな言葉をマキに投げつけていた。

スーツ姿の背の高い男は玄関の開く音に気がつき、マキの手を強く握ったままこちらを睨みつけてきた。

正直、こちらとしては睨まれる筋合いはない。こんな夜遅くに予定無しに来た様子の向こうの方が場違いだ。


「……出直したほうが、いいかな?」



気付かれない程度に溜息をつきながらマキに言葉を投げかけた。



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