前回、大津由紀雄先生の小学校英語に対する反対論をごくかいつまんで説明した。
さて、私の考えであるが、基本的には大津氏に賛成であるが、一部に疑問を持っている。
もちろん議論としては説得力があるのは間違いない。私も、きちんと研究してきた学者の理論に反駁する材料は当然ながら持ち合わせていない。
ただ、大津氏が正しいのであれば、小学校で外国語をやっている国はどこかでひずみがでているはずであるが、そうはなっていない。
私の知る例は、たとえばフィンランドである。
フィンランドの義務教育はカリキュラム作りから教員採用まで地方自治体にまかされているので、日本と違い、1つのやり方に定められていない。だから、「フィンランドの教育では」と一般論にはできないが、ある傾向として取り上げることは可能だろう。
フィンランド語が第一言語である地方のある小学校では、英語を勉強できるだけでなく、教科としてもう1つ外国語を学ぶことができる。低学年で英語を勉強し、次にスウェーデン語を加えるといったことも可能である。生徒の意欲次第だ。
フィンランドはフィンランド語が使われているが、一部スウェーデン語を第一言語としている人たちもいる。そのため、法律によって都市によっては公共の看板などでフィンランド語とスウェーデン語のバイリンガル表示が義務づけられている。
さらに、EUに加盟していることもあり、英語もよく使われている。いわば、トリリンガル国家である。
そのため語学には早期から力を入れられており、小学校で2つの外国語を学ぶというのは決してレアケースではないのである。
もし外国語の早期教育が子供に悪影響を与えるのなら、フィンランドで何か問題が起こっていてしかるべきであるが、そうではない。むしろフィンランドは教育大国で、学力世界一の地位はいまだに揺らいでいない。
フィンランドに行ったことがある人ならわかるだろうが、どこに行っても英語が通じる。私が知っているのは南部のごく一部であるが、ホテルや観光地は当然のこととして、地方のバスセンター、タクシー、地元のレストランなど、ほとんどの場所で、正確な発音で英語が話されている。
以上を考えあわせると、フィンランドの早期英語教育はみごとに成功していると考えるしかないだろう。
では、フィンランドの早期教育はなぜうまくいっているのだろう?
答えはきわめて単純である。これを言うと、「身も蓋もない」と言われるかもしれないが、あえて言うことにする。
答えは教師が優秀だからである。
教師が優秀なうえに、クラスは少人数、何をやるかは教師の裁量にゆだねられている。
フィンランドの教員は大学院で修士以上を持っていなければならず、しかも教員志望が数多くいるために、大学院を修了したからといって必ず教員になれるわけではない。ある資料によると、教員になれるのは志望者の10人に1人だと言う。まさにエリート集団である。
また、教員は授業以外の仕事を負う必要はない。小学校であれば、4時半に帰宅する教員が普通であるそうだ。
では、教員は早く帰って何をするか?
家事などの家の雑事をすませたら、明日の授業の準備をするのにたっぷり時間を費やす。日本の教員との違いは、もとが優秀であるうえに時間に追われていない点だけである。
ただ、それが決定的な違いでもあるのは言うまでもない。もともと教育が好きでやっているエリートたちである。「家に仕事を持ち帰る」というのではなく、ライフワークや研究の一部、あるいは生き甲斐を感じられる楽しいひとときであるかもしれない。
ところで、ここではやりすごしてしまったが、最初に言ったことにも改めて留意してほしい。
それは「義務教育が地方にゆだねられている」という点である。
続きます。