100年前のスピリチュアル本

The Game of Life and How to Play It

(フローレンス・スコーヴェル・シン著)

を私なりに翻訳、考察しながら

 

100年前から分かっていた

いえ、キリストの時代から

分かる人は分かっていた

この世の中を楽しく、心穏やかに

生きていくためのルール

をお伝えしています。

 

今日のテーマは

 

神様がいることの証明

 

日本人は無宗教だという人がいれば

日本人ほど信心深い人種はいないという人もいます。

 

 

以前一緒に働いていた方に

クリスチャンで、海外留学経験のある男性がいましたが

宗教の話になると時々熱を帯びて

 

「どうしてあなた方はキリストを信じないのですか?

 特定の宗教を持たない日本人は野蛮人と思われている。

 そんなことで恥ずかしくないのですか?」

 

とまくしたてました。

 

反論しても火に油を注ぐだけだし

そもそも彼が、私たち「野蛮人」の意見を聞くつもりがないことは

経験上分かっていたので

 

いつも、そこにいた人たちは、ただ黙って

彼の怒りが収まるのを待っているのでした。

 

 

彼が怒りをぶちまけている間

私はいつもぼんやりと

「神様」って何なんだろうと考えていました。

 

 

世界にはいろいろな神様がいて

それぞれが立派な教えを説いているのに

どうして人は争ったり、奪ったりするのか。

 

 

熱心なクリスチャンである彼は

なぜいつも怒りをあらわにして

人の批判ばかりするのか。

 

 

神様はそんなことを望んでいるのだろうか。

 

 

キリスト教、イスラム教、仏教、神道…

どれも正しいようで、そしてどれも何かが違う

 

 

私にとって神様は

 

特定の宗教に縛られるものではなくて

この世のすべてのルールを決めている

とてつもなく大きくて温かい存在なのですが

 

 

日本人には私と同じように

特定の宗教に入信していなくても

 

全てを統括する大きな力が存在する

と漠然と感じている人は多いと思います。

 

そして私たちは、それを便利に

「神様」と呼んでいるのです。

 

 

ところで、このブログでは

フローレンスさんの著書を翻訳しながら

たびたび聖書の引用をしていますが

 

 

フローレンスさんの視点で取り上げられる聖書の記述は、

私がもっている「大きな力」としての「神」のイメージと

近いと感じているので、そのまま取り上げています。

 

 

ですから、宗教的な読み物と毛嫌いすることなく、

大らかな心で読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

前置きが長くなりましたが、

今日のテーマは「神様がいることの証明」です。

 

私たちが漠然と感じている

とてつもなく大きくて温かい存在。

常に私たちを見守り、

正しい存在に導いてくれる存在。

 

そんな存在としての「神」が本当に存在するのか

どうしたら、そんな存在を証明できるのか

 

今日はそんなお話しです。

それでは本文を見ていきましょう。

 

 

  神を証明するために生きている

 

 

“I will restore to you the years the locusts have eaten.”

 

「私はイナゴが食べ尽くしてしまった年月分をあなたに返そう」

 

     (聖書ヨエル書 2章25節より)

 

 

ここでいう「イナゴ」は

疑い、恐れ、怒りや後悔のような

人間的思考のことを指しています。

 

 

これらの否定的な考えこそが、

人から奪っていくものなのです。

なぜなら

 

「自分に与えるのは自分自身だけであり

 自分から奪うのもまた自分自身だけ」

 

だからです。

 

 

人は神を証明するためにこの世に存在しています。

つまりイエス・キリストの言葉を借りるなら

「真理に証をするため」にここにいるのです。

 

 

神の存在を証明する唯一の方法は

欠乏した状態から豊かさをもたらしたり

不正義の中から正義を引き出すことです。

 

 

「万軍の主は言われる。今、これによって私を試してみよ。

天の窓を開いて、祝福があなたに注ぐかどうか見てみよ。

それは、受ける場所が足りないほど注ぐであろう」

(聖書マラキ書 3章10節)

 

 

 

  今日の感想

 

 

神がいることを証明するには

 

苦しい状況をひっくり返して

不可能を可能にするような出来事を起こすこと

 

なのですね。

 

 

確かに、

ネガティブな出来事が重なった時に

奇跡としか言えないような幸運な出来事が次々と起こって

物事が最高の状況にひっくり返ってしまう事があります。

 

そんなとき人は無意識に

「神様がいるとしか思えない」

というような言葉を口にします。

 

 

私の場合は、それは

結婚が決まったとき

今の仕事を始める事になったとき

楽読に出会ったとき

 

などがそうでした。

 

そして、この運命のような出来事の前にはいつも

否定的な考えを改め、

感謝と前向きな思考に向かわせるような

精神的な気づきがありました。

 

 

ですから、今思うように物事が進んでいない方は

ぜひ、否定的な考えを改め、

感謝の気持ちを強くしてください。

 

それができれば

「神」の存在を認めたくなるような奇跡が

きっと起きると思います。

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。