今、この本を、図書館で、読んでいるところ。
まだ、最初の方を読んでいるところですが、色々と、面白いことが。
日本には、大小、様々な「古墳」が、大量に、存在しますよね。
そして、この古墳に、誰が、葬られているのか。
個人を特定することは、なかなか、困難。
と、言うか、ほぼ、不可能なこと。
特に、大王、首長クラスの巨大な古墳なら、ある程度、推測をすることも出来るのでしょうが、中小の無数の古墳になると、そもそも、個人が「誰か」など、到底、分かるはずもない。
そのため、個人的には、特に、中小の古墳に葬られた人には、あまり、これまで、関心を持って来なかった。
この本では、まず、「骨」に注目をして、解説をしています。
そもそも、日本の土壌では、埋葬された人の骨は、残りづらいというのは、よく目にする話。
それは、古墳の中に埋葬された人でも同じで、古墳の中から、埋葬された人の人骨が見つかることは、あまり多く無いということのよう。
しかし、古墳の中で発見された骨を調査すると、面白いことが分かるようです。
まず、古墳には、複数の人が、葬られている場合が多い。
この場合、骨を調査すると、同じ古墳に葬られている人は、兄姉弟妹といった「キョウダイ」、または、親子であると推測できるそうです。
そして、複数の古墳が、一つの狭い地域に、まとまってある場合も多いですが、この場合、一つの地域にある複数の古墳に葬られた人は、それぞれ、全て、同じ血縁関係にある人と推測できるそうです。
つまり、その地域にある複数の古墳に葬られている人は、同じ一族である、と、言うこと。
ここから、興味深いことが、分かりますよね。
では、この古墳に葬られている人の、「妻」または「夫」は、どこに行ったのでしょう。
どうも、ここから推測できるのは、一族に迎えられた「妻」または「夫」は、死後、自身の出身の一族の元に戻され、葬られたのではないかということ。
もし、その推測が、正しいのであれば、その理由は、何なのか。
個人的に、興味のあるところですが、その部分に関しては、本には、書かれていなかったと思います。
個人的な推測とすれば、仮に、夫婦となったとしても、「妻」または、「夫」は、別々の一族の所属をし続けていたということ。
今の感覚で言えば、結婚相手である「妻」や、「婿」は、結婚相手の「家」に所属をする訳ではなく、あくまでも、「実家」に所属をしているという意識だった、と、言うことになるのでしょうか。
そのため、結婚相手が亡くなれば、出身の一族に戻る。
また、自分が亡くなれば、遺体は、出身の一族の手に戻され、葬られる。
と、言うことになっていたのかも。
こちら、倉敷市児島の鷲羽山にある「鷲羽山古墳群」で、一号墳、二号墳、三号墳と、近くにある訳ですが、上の本が正しいとすると、これらの古墳に葬られているのは、血縁関係にある一族。
また、同じ倉敷市児島田の口にある「荒神四つ塚古墳」も、四つの古墳が、ほぼ、隣接するような格好で存在をしていた訳で、これもまた、同じ血縁関係の一族が葬られた可能性が高い。
さて、この古墳の中でも、最も、重要と思われる人物が葬られた古墳を調査すると、当時、「家長」に、女性もまた、多かったということが分かるそうです。
埋葬施設の中に、骨が残っていなくても、副葬品として、遺体の腕があったと思われる場所に、腕輪が、残っている場合、葬られたのは女性であると考えられるそうです。
実は、古墳時代の前期まで、大きな勢力を束ねていたと思われる「首長」クラスの大きな古墳でも、中心的な埋葬者が女性である場合が見られるそうで、これは、当時、「首長」に、女性が就くことが出来たということ。
どうも、「家長」クラスの古墳では、その後も、女性の埋葬者が見られるようですが、「首長」クラスになると、古墳時代中期以降、女性の埋葬者は、存在しないそうです。
この「首長」クラスに、女性が居なくなるということは、やはり、軍事が重要になったから、と、考えられるようです。
軍事が、一族、集団で、重要なものとなると、やはり、女性がトップに就くということには、なかなか、ならないのでしょう。
さて、また、読み進めないと。


