大河ドラマ「豊臣兄弟」の第21回を鑑賞。

 

中国方面軍司令官として、羽柴秀吉が、播磨国に入る。

黒田官兵衛は、自身の姫路城を、秀吉に明け渡すことに。

 

普通なら、荒木村重が、この中国方面軍を率いるべきだという話は、ドラマの中にも、登場しましたね。

しかし、「自分は、そんなことに拘るような、小さな男ではない」と、荒木村重は、話していた。

このシーンで、中川清秀と、高山右近が、登場。

今後、活躍をすることになるのでしょうか。

 

さて、今回、驚いたのは、羽柴秀吉が、上月城を攻撃した時の、残酷行為が、ドラマの中で、登場したこと。

このエピソードは、歴史ファンならば、知っている人は、多いのでしょうが、恐らく、これまで、時代劇の中で、これが、描かれるということは、無かったのではないでしょうかね。

ネットで、詳しく、調べてみる。

 

この時の戦いは、「第一次上月城の戦い」と呼ばれるもの。

羽柴秀吉は、1万5千の軍勢で、上月城を包囲。

そして、上月城は、落城となるのですが、この時、羽柴秀吉は、城内に居た200人余りの、女性を磔、子供を串刺しにして、国境に晒したというもの。

その場所は、地獄谷と呼ばれているそうです。

 

羽柴秀吉の狂気は、今回の大河ドラマの最初の方で、いくらか、描かれていましたよね。

その後、この狂気は、影を潜めていましたが、秀長が、別行動となった途端、この狂気が、復活をしたということになるのか。

 

もっとも、この時代、残酷なのは、羽柴秀吉だけではない。

 

加賀の一向一揆を相手に闘った柴田勝家や、伊勢長島の一向一揆を相手に闘った織田信長の元では、老若男女を問わない、大量虐殺が行われた。

時代は、少し、下りますが、徳川幕府による、キリシタンの弾圧でも、かなり残酷な拷問が行われている。

 

人権という考えがなく、命が、大切なものではない時代。

人間は、平気で、残酷なことに手を染めた。

 

処刑は、大勢の人に公開され、磔のまま、遺体を晒されたり、切り落とした首を、晒されたりした。

それは、女性であろうが、子供であろうが、同じ。

いわゆる「見せしめ」という意味があったのでしょう。

つまり、「自分に逆らうと、こうなるぞ」という、民衆への警告。

 

もっとも、この時代、残酷だったのは、武士だけではない。

百姓もまた、同じように、残酷だった。

 

武器を持った百姓たちによる「落ち武者狩り」を、武士たちが恐れたということは、有名でしょう。

また、当時の村の様子を書いた本を読んでいると、「村の決まりに背いた」ということで、女性でも、子供でも、平気で、殺害をしてしまう。

今では、考えられない状況です。

 

少し、話を飛躍させると、だから「人権」というものを尊重する「民主主義」が、重要な訳ですが、今、アメリカを始め、この「民主主義」が、壊れ始めている状況で、個人的に、懸念をしているところ。

これは、日本もまた、例外ではないでしょう。

 

さて、今回、上月城での惨劇が、ドラマで登場したということは、過酷な兵糧攻めが行われた、鳥取城攻めや、三木城攻めは、どう表現されるのでしょうね。

また、秀長は、この秀吉の行動に、どう対処しようとするのか。

 

さて、先日、読んだ、この本。

 

 

秀吉にとって、弟の秀長は、どのような存在だったのか。

この本によれば、秀長は、「秀吉の命令を、忠実に、実行する人物」と、評価をされていました。

つまり、ドラマのように、秀吉に、意見をするような立場ではなかったということになるよう。

 

秀吉という人物は、独裁的で、かなり横柄な人物だったようで、例えば、以前、読んだ本によると、黒田官兵衛なども、秀吉の意に沿わない行動で、叱責されることもあったようです。

また、別所長治が、今後、謀反を起す訳ですが、どうも、播磨の国衆は、秀吉が、自分たちを、家臣のように扱うことに、不満を持っていたようです。

 

どうも、「人たらし」のイメージとは、かなり違う印象。

 

やはり、誰にでも、好かれるというイメージは、創作なのでしょうかね。