大河ドラマ「豊臣兄弟」の第8回を鑑賞。
白石聖さん。
早くも、退場となってしまいましたね。
とても、良い役だったのに、残念。
しかし、豊臣秀長の正室、側室でない以上、途中で、退場するのかなとは思っていたのですが、これほど早いとは、意外でした。
今回は、「墨俣一夜城」が、テーマでした。
この「墨俣一夜城」の逸話は、小瀬甫庵「太閤記」が出典でしょうが、もちろん、史実ではない。
一体、どのような展開になるのかと思って見ていたのですが、まさか、あのような展開になるとは。
元々、「一夜城」とは、「一夜で作った」から、「一夜城」だった訳なのですが、今回のドラマでは「一夜だけ、存在した」ということで、「一夜城」という解釈。
なかなか、面白いですね。
織田信長は、この墨俣の城を囮に、その背後、稲葉山の近くの城を落とす計画だった。
しかし、その作戦を見抜いた男が居た。
それが、竹中半兵衛ということになる。
この「竹中半兵衛」という人物。
知将として、名高い。
しかし、この竹中半兵衛の実像は、よく分からないようですね。
恐らく、知られている多くの逸話は、後世の創作でしょう。
しかし、その中でも、最も有名な逸話は、主君、斉藤義龍の居城、稲葉山城を奪取したということ。
逸話で語られている経緯は、創作のようですが、竹中半兵衛が、仲間と協力し、主君から、稲賀山城を奪取したのは、事実のようで、一次史料である、武田信玄の書状にも、この出来事が記されているよう。
ネットで、経緯を調べて見ると、竹中半兵衛は、舅に当たる安藤守就と共に、永禄7年(1564)2月6日、稲葉山城を攻撃し、斉藤義龍を、稲葉山城から追放したということ。
しかし、稲葉山城は、8月頃に、斉藤義龍に奪い返される。
その後、竹中半兵衛は、隠遁生活に入ったということ。
斉藤氏が、織田信長によって滅ぼされると、浅井長政の客分となったそうですが、間もなく、また、隠遁生活に入る。
しかし、これも、事実かどうか。
やはり、この竹中半兵衛も、元々は、織田信長の直臣で、「姉川の戦い」の後の頃から、羽柴秀吉の与力に付けられたようです。
しかし、天正7年(1579)、羽柴秀吉による播磨国別所氏の三木城を包囲の最中、病死。
享年、36才。
この「竹中半兵衛」と「黒田官兵衛」は、豊臣秀吉を支えた「軍師」として有名。
しかし、戦国時代、いわゆる、「三国志演義」の「諸葛亮孔明」のような「軍師」というものは、存在しなかったということのよう。
黒田官兵衛については、敵との交渉、調略などで、活躍をしたようですね。
恐らく、竹中半兵衛も、同じような役割を担っていたのだろうと想像するところ。
二人とも、いわゆる「軍師」として、「知略」の冴えわたる逸話が多いですが、これらは、すべて、後世の創作でしょう。
大河ドラマの中で、この二人は、どのような活躍をすることになるのでしょうね。
小説は、色々と、出版されているようですね。
面白いのでしょうかね。


