先日、放送された、大河ドラマ「べらぼう」から。

 

やはり、恋川春町が、自害、という結果になりましたね。

とても、残念。

やはり、権力の批判が許されない社会というものは、息が詰まり、生活しづらいのではないでしょうかね。

今でも、そういう国は、いくつも、この世界にあることでしょう。

例えば、北朝鮮、中国、ロシアなど。

もしかすると、今のアメリカも、そうなのかも知れない。

ネットの記事などを見ていると、トランプ氏に反抗する意見を述べる人が、次々と、警察などの捜査を受けているという話。

そして、先日には、トランプ氏を批判する放送局の免許を取り上げるという話も口にしたとか。

アメリカ国民は、この状況を、どう思っているのでしょう。

共和党も、アメリカという国も、トランプ氏に乗っ取られ、国王トランプと、その臣下たち、といった様子に、日本に居ると見えますよね。

そして、トランプ氏を国王にするために投票をしたのは、アメリカ国民。

何とも、怖いことです。

 

さて、恋川春町について、ウィキペディアで調べてみる。

 

恋川春町、本名、倉橋寿平。戯作者であり、浮世絵師でもある。

「金々先生栄花夢」で、「黄表紙」というジャンルを開拓し、「黄表紙の祖」と言われる。

駿河小島藩士。年寄本役として、藩の中枢に関与。

自画自作の黄表紙を、多数、発表。洒落本や滑稽本の挿絵も手がけるが、錦絵は、希少ということ。

 

そもそも、「黄表紙」とは、何か。

 

それまで、表紙には青色が使われ、「青本」と呼ばれていたものが、日光による退色で黄色くなるため、色落ちが分かりにくい黄色が使われるようになったことで、「黄表紙」と呼ばれるようになる。

それまでの子供向けな「草双子」とは、一線を画し、大人の読み物として評判になる。

 

恋川春町が自害をするきっかけになったのは、「鸚鵡返文武二道」ですが、これは、実は、書いたのは、藩主の松平信義で、恋川春町の名前で出版したのではないかという噂が、当初、あったそうですね。

そのため、恋川春町は、藩主に迷惑がかかるのを懸念して自害をしたという説もあるそうです。

また、松平定信の側近の間では、問題視されたものの、定信からの呼び出しは、無かったという説もあるそうです。

 

 

 

 

 

江戸の黄表紙、戯作など、色々と、本があるようですね。

そのうち、どれか、読んでみたいところ。

 

江戸時代には、この、恋川春町、朋誠堂喜三二、山東京伝を始め、式亭三馬、十返舎一九、滝沢馬琴、井原西鶴など、現代にも名前が知られる作家が、多くの作品を残していますが、いわゆる「文学」として、高く評価を受ける作品は、無いような気がする。

平安時代の「源氏物語」を始め、「蜻蛉日記」「和泉式部日記」「更科日記」「伊勢物語」「今昔物語」「竹取物語」「土佐日記」などなど、文学として評価をされている古典は、数多く、存在する訳ですが、江戸時代の作家による作品には、「古典文学」として評価されているものが、無いような気がする。

その内容と共に、作品が、世間に、広く知られているものでも、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」と、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」くらいではないでしょうかね。

しかし、双方とも、「文学」という評価ではないですよね。

井原西鶴に関しては、ちょっと、他の作家とは違うイメージもありますが、やはり、「文学」という評価ではないのだろうと思います。

 

なぜ、江戸時代の作家の作品は、「文学」として、広く、世間に知られることもなく、評価もされないのでしょう。

この点、大きな疑問なのですが、実際に、僕自身、恋川春町を始め、彼らの作品を読んだことが無いので、よく分からない。

 

想像をすると、やはり、江戸時代の作家の作品は、とにかく「売れる」ということを重視したから、と、言うことになるのでしょうかね。

版元としては、とにかく、その作品が、売れなければ、話にならないし、売れるものでないと、出版をしないのでしょう。

そして、「売れる」ということは、多くの人に「面白い」と、思ってもらわなければならない。

そのためには、とにかく「娯楽性」を高めなければならない訳で、やはり、「娯楽性」と、「文学」というものは、なかなか、両立をしないということなのでしょうかね。

 

さて、ドラマの中の松平定信。

 

質素、倹約、文武に励めと、行動をしますが、早速、幕府内部でも、煙たがられ始めているようですね。

松平定信の改革が、長続きしなかったのは、やはり、幕閣、要人に、受け入れられなかったから、と、言うことになるようですね。

誰しも、質素、倹約は、嫌でしょうし、文武に励むのも、大変なこと。

 

その中で、気になる話が、一つ。

 

松平定信が、ある人物を、要職に抜擢しようとしても、誰もが、辞退をして、受けてくれない。

なぜなのか。

それは、「賄賂を受け取ることが、禁止されたからだ」と、話をしていましたね。

 

当時、仕事にかかる費用というのは、自分自身の持ちだしだったようですね。

そのため、何か、役職に就くと、その分、出費が増える。

これまでは、その余分な出費を、賄賂を貰うことで、賄っていた。

しかし、賄賂を受け取ることが出来なければ、その分、出費がかさむ。

時には、借金をしなければならないということになる。

 

なかなか、辛い話ですよね。

 

「だから、質素、倹約に努めろと言っているではないか」

 

と、松平定信は、言っていましたが、それは、無理な話でしょう。

 

次回の予告では、山東京伝に、何かを書かせるようですが、この山東京伝もまた、処分を受けることになるんですよね。

さて、どうなることか。