国道30号線、倉敷川の近くに「片崎樋門」というものがあります。
こちらが、その説明版。
この説明版を読むと、この「片崎樋門」は、明治32年から38年にかけて行われた児島湾干拓の第一期工事第一区分の際に建造された三つの樋門の一つ。
この「樋門」とは、「水門」と似ていますが、大きな違いは、河川などに水を排出する水路が、土手、堤防に埋め込まれていること。普段は、水路から河川に水が流れていますが、大雨などの洪水時には、樋門が閉じられ、河川からの水の逆流を防ぐ。
ちなみに、この「片崎樋門」は。田植え時期での、農業用水の調整に使われていたということ。
看板の近くには、このような干拓記念碑があります。
こちら、片崎樋門です。
接近。
土手に樋門が築かれているのが分かります。
手前には、水路が。
水門の横から、水路を見る。
児島湾を干拓した目的は、当然、「米の増産」が目的だったはず。
干拓地は、一帯が農地で、今でも、農地が広がっている。
しかし、次第に、米余りとなり、減反政策が行われ、今では、米不足による、米価の高騰。
この米価の高騰は、そのうち、収まるのか、それとも、更に、上昇するのか。
少なくとも、国産米については、後者の可能性の方が高い気がする。
ちかくには、パン屋さんがあり、多くの人が来ているようでした。
そのパン屋の前には、このような花が咲いていました。
綺麗な花です。