縄文時代の人たちは、何を食べていたのでしょう。

 

 

貝塚は、いわば、当時の人たちのゴミ捨て場のようなもので、そこに捨てられている物を見れば、何を食べていたのか、大体のことは分かるのでしょう。

貝塚という名前の通り、貝殻が、たくさん、残されているので、貝を食べていたのは、確かなこと。

他にも、動物の骨なども残されているので、その動物を食べていたことも分かる。

 

また、貝塚以外の遺跡の中にも、食べ物の痕跡は残されている訳で、例えば、土器の中に残されていた物や、住居跡から発見された物からも、分かることは多いでしょう。

ちなみに、土器の仕様痕跡から、デンプンやタンパク質を煮込んだ料理を食べていたということが分かっているそうです。

 

さて、上の本の中に、興味深い話が。

 

人間の「骨」というものは、その人が亡くなる10年間に食べたもので作られているそうです。

この、縄文時代の人の「骨」を調べることで、縄文時代に、人が、何を食べていたのか、正確な情報を得ることが出来るそうです。

 

まず、縄文時代の人の骨から、タンパク質の「コラーゲン」を取りだします。

この「コラーゲン」の中には、窒素と炭素の、2種類の元素があり、その「同位体」を調べ、この「同位体」の含有量の比を出せば、その人が、何を食べていたのかが、分かるということ。

科学の力は、凄いですね。

 

この「同位体」は、動物と植物では、それぞれ、違うそう。

同じ魚でも、海の魚と、川の魚では、また違うということ。

植物の場合、ドングリやイネ、イモは、同じ「同位体」を持ち、ヒエやアワは、また別だそうです。

 

縄文時代に、人が食べていたと思われる動物、植物の「同位体」の割合を、事前に検査しておき、それを、縄文時代の人の骨から採取した「同位体」の割合と比べると、何を食べていたのかが分かる、ということになる。

 

縄文時代の人たちの食糧の確保は「狩猟」が主だったというイメージがありますが、これは、間違いだそうです。

実は、狩猟での獲物の確保は、かなり困難で、それほど、多くは、獲物を獲ることが出来なかったと考えられているそうです。

 

そのため、縄文時代の人たちは、集めやすい、木の実や、野山の植物を、主食にしていたということ。

 

春には、ワラビ、ゼンマイ、ノビル、セリなどの山菜。動物性タンパク質は、ノウサギ、ヘビ、カエルなど。炭水化物は、秋に保存をしていたドングリ。

 

夏には、川魚のヤマメやイワナ、アユなど。海では、サバ、カツオ、ブリなどの魚や、サザエ、アワビ、アカニシ、シジミなどの貝。

 

秋には、ドングリ、クリ、クルミ、トチなどの木の実。これらは、大量に採取して、保存食となる。他には、キノコ。魚では、サケ。

 

冬には、狩猟が行われます。カモやヒシクイなどの渡り鳥。シカ、イノシシ、タヌキ、ノウサギ、サルなど。そして、秋に保存食にしてあった、木の実や魚を食べることに。

 

こうして見ると、とっても、豊かな食生活ですよね。

栄養バランスの良い食事をしていたということが、よく分かる。

 

さて、縄文時代の人の主食だった「ドングリ」ですが、この「ドングリ」とは、「ドングリ」という名の実だと思っていたのですが、違うようですね。

この「ドングリ」とは、コナラ、ミズナラ、クヌギ、アベマキ、カシワ、アラカシなどの木の実のこと。

タンパク質と脂質が豊富で、栄養価の高い食べ物だそうです。

この中でも、主食にしていたのは「コナラ」のドングリだったようですね。

 

この「ドングリ」を、どうやって食べていたのか。

これが、なかなか、大変です。

 

この「ドングリ」を食べるには、「アク抜き」をしなければなりません。

ドングリに含まれる苦味、渋味の元である「タンニン」は、水溶性なので、流水に晒すのが、基本だったよう。

この方法では、アク抜きに、数十日から、数ヶ月もかかったそう。

 

地中に穴を掘り、その中に、大量のドングリを入れ、地下水を利用してアク抜きをしていたことが分かっているそうです。

 

更に、土器を使って、加熱をすることでアク抜きをすることも。

木の灰を湯に入れて、アク抜きをすることもあったそう。

 

また、保存をしてあった乾いたドングリを専用の石で叩いて、皮と渋皮を剥がし、石皿で粉砕して、たっぷりの冷水に浸す。

一晩、放置をして、上澄みを捨て、水を加えて沸騰させ、また、上澄みを捨てる。

更に、水を足して、かき混ぜ、ドングリが沈殿したら、また、上澄みを捨てる。

これを、数回、繰り返して、水が綺麗になったら、ようやく、アク抜きが終了だそうです。

大変な労力ですね。

 

そして、アク抜きをして、乾燥させたドングリは、保存食として、様々な料理に使用されることになる。

 

さて、自然が相手では、いつもいつも、十分な食糧が取れる訳ではなく、取れたものを保存食にして、保管をすることになる。

 

ドングリの保存は、上の通りですが、他の木の実などは、芽が出ないように、草や土をかぶせ、空気に触れにくくしていたそう。

また、深さ1メートルから2メートルの貯蔵穴に保存をすることもあったよう。

 

肉や魚は、塩漬けや燻製、天日干しにしていたそうです。

 

こうやって、色々と見ていると、縄文時代の人たちは、どうやって、この食糧を作り出す方法を生み出して行ったのでしょうね。

何度も、何度も、繰り返し、試行錯誤を行った結果ということになるのでしょうが、それには、長い年月が必要だったはず。

まさに「生活の知恵」と言ったところでしょう。