先日、YouTubeで「帝銀事件」のドラマが無料公開されていたのを途中まで見て、また、続きを見ようとしたところ、公開期限が終わっていたようです。

とても面白いドラマだったので、残念。

最初、映画かと思って見ていたのですが、ネットで調べると、1980年にテレ朝の「土曜ワイド劇場」で放送されたドラマでした。

事実を、淡々を伝える、ドキュメンタリータッチのドラマで、とても面白いものでした。

原作は、松本清張「小説・帝銀事件」ということ。

この本は、未読ですが、犯人の「平沢貞通」は冤罪であり、真犯人は、旧731部隊の人間という説を取っているようですね。

 

 
 

 

帝銀事件とは、昭和23年(1948)1月26日、東京都豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店で起こった事件で、「厚生省技官」を名乗る男が、「近くで、赤痢が発生したので、GHQが消毒に来る前に、予防薬を飲んでもらう」と、支店の行員と用務員一家の合計16人に毒物を飲ませ、11人が、直後に死亡、1人が搬送先の病院で死亡、合計、12人が亡くなり、男は、支店にあった現金と小切手を奪って逃走したというもの。

この事件の犯人として、画家の「平沢貞通」という人物が、逮捕されます。

しかし、この平沢貞通は、冤罪ではないかという意見も根強い。

 

平沢が犯人だと思われた理由は、まず、事件で使われた「名刺」を受け取っていたこと。しかし、警察が来た時には、手元に無かった。

この名刺には「厚生技官医学博士 松井蔚 厚生省予防局」と書かれていて、犯人の男は、この名刺を差し出し、犯行に至っている。

松井氏本人は、几帳面な人で、何時、誰と名刺交換をしたのか、詳細なメモを残していた。そして、その名刺の交換相手を、一人一人、潰して行ったところ、名刺を手元に持っていなかった平沢にたどり着くことになる。

そして、平沢は、事件直前まで、お金に困っていたようで、あちらこちらで借金をしたり、詐欺事件を起したりしていたようですが、事件直後に、事件の被害総額と、ほぼ、同額の大金を、偽名で預金していることが確認される。

更に、事件直後に、東京の家を離れ、北海道の小樽の実家に行き、東京に戻らなかった。

また、犯人は、行員たちを呼び集める時に「オール・メンバー・カム・ヒア」と英語で言ったそうで、これは、平沢の口癖でもあったということ。

などなど。

 

では、なぜ、この平沢は、真犯人ではなく、冤罪だという意見が根強いのか。

それは、やはり、大勢の人に、同時に、巧妙に毒物を窃取させるという犯行の特異性です。

このような犯罪が、素人に出来るのか。

毒物の扱いになれたプロの犯行ではないか。

戦後間もない当時、戦争に使うため、毒物の研究、扱いを学んでいる人たちが居た。

例えば、陸軍中野学校の出身者。

そして、「731部隊」の関係者。

実際、警察では、「731部隊」の関係者を捜査していたところ、GHQから、捜査にストップがかかったと言われています。

もっとも、このGHQの関与は、真実かどうかは、分からない。

 

以下、個人的な推測です。

 

状況証拠は、平沢が犯人であると考えても、不自然ではないですよね。

名刺が手元になかった理由は、「財布ごと、スリに取られた」と言い、警察にも届け出をしていたそうですが、その状況が、かなり不自然だったということ。もっとも、後に、これは、「借金返済を先延ばししてもらうための嘘の届け出だった」と平沢は言っているよう。

そして、偽名で預金をした大金の出所が、どこなのか。平沢は、明確に説明出来なかったそう。一説には「春画」を描いて得たお金ではないと言われているそうですが、真相は不明だということ。

個人的には、「オール・メンバー・カム・ヒア」と、犯人が言ったというのが、強く、気になるところ。口癖というのは、無意識に出るもので、日本人を呼び集めるのに、英語を使うということは、他の人では、まず、無いのではないでしょうか。

 

しかし、平沢が、冤罪ではないかと思える点も、無い訳ではない。

 

個人的に気になっているのは、平沢の健康状態について。

平沢は、1925年、買っていた犬が狂犬病で亡くなったことを受け。狂犬病の予防接種を受けたそうです。しかし、その直後に、意識不明になり、入院。この時、「コルサコフ症候群」のかかったと言われているそうです。

この「コルサコフ症候群」とは、「新しく経験したことを記憶する能力が障害され、記憶の欠損を作話で埋めることが目立つ。時には、質問に対して的外れな回答をすることがある。時間と場所に対する見当識が障害されるが、人に対する傾倒式は、比較的保たれている」という症状があるそうです。

簡単に言えば、「記憶力が衰え、忘れていることに対して、思いつきの嘘をつく」ということになるようです。

また、「コルサコフ症候群」の患者は、「被暗示性」が強いということ。つまり、過去の記憶と、妄想との区別がつかなくなってしまうようです。

果たして、このように「記憶」に障害を持つ人が、帝銀事件のような、手の込んだ、複雑な事件を起すでしょうか。

どうも、無理があるような気がする。

 

また、個人的には、警察の取り調べに、まともな受け答えが出来ていたのかという疑問もあります。

本当に、平沢は、取り調べで、真実を話すことが出来ていたのかどうか。

記憶が曖昧で、事実と妄想の区別がつかない。

このような人が、取り調べで、真実を話すことが出来たとは思えないところ。

そして、その「嘘」を、恐らく、平沢は「真実」と思って話していることも多かったのではないかと想像します。

 

さて、今回のドラマを見て、改めて、気か付いたことが、一つあります。

 

この「帝銀事件」では、生存者も居る訳で、その生存者は、犯人の顔を間近で見て、声も聞いているはず。

また、昭和22年(1947)10月14日、安田銀行荏原支店、昭和23(1948)1月19日、三菱銀行中井支店でも、類似の未遂事件があり、この時に対応した行員たちもまた、犯人を間近で見て、話もしている。

当然、彼ら、犯人の目撃者は、捕まった平沢に対して、いわゆる「面通し」はされているはずでしょうが、目撃者は皆、平沢を「犯人である」とも「犯人でない」とも断定することが出来なかったよう。

 

このケースを見ても、いわゆる「目撃証言」というものが、いかに、当てにならないものか、よく分かりますよね。

何しろ、実際に、間近で見て、話をした人が、平沢が、犯人なのか、そうでないのか、判断が出来ないのですから。

 

この「帝銀事件」で、平沢貞通が逮捕されたのは、いわゆる「名刺班」として捜査をしていた刑事が、平沢にたどり着き、その刑事が「平沢が犯人で間違いない」という強い信念を持って、上司に訴えたのが原因になっているようですね。

ドラマでは、田中邦衛さんが迫真の演技で、演じていました。

 

もし、これを、自分の立場に置き換えたら、怖いことでもあります。

何かの事件で、捜査をしている刑事に、「あいつが犯人で、間違いない」と、目星を付けられてしまったら。

到底、逃げ切ることは難しいように感じます。

こうやって、冤罪が生まれるのでしょう。