土曜日も、日曜日も雨、そして、今日も雨。
よく降りますね。
今朝の、空の様子。
雨で、見通しが悪いです。
さて、少し、余談。
クリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」が、月末に公開されるようですね。
クリストファー・ノーラン監督の映画は好きなので、そのうち、見に行きたいところです。
さて、この「オッペンハイマー」という人。
アメリカの原子爆弾開発の中心人物なんですよね。
この「原子爆弾」が、どのようにして開発されたのか、詳しいことは、勉強不足なので、知らない。
やはり、少し、予備知識を頭に入れてから、見に行った方が、良いのでしょう。
確か、アメリカが、原子爆弾の開発を急いだのは、ナチスドイツに、先に、原子爆弾を開発されては困るという考えがあったからという話。
実際、ナチスのヒトラーが、先に原子爆弾を手にしていたら、どうなっていたことか。
そして、原子爆弾を開発したアメリカは、それを、日本に対して、使うことになる。
アメリカでは「原子爆弾の投下によって、多くのアメリカ人兵士の命が救われた」という価値観が強いという話。
今でも、そうなのでしょうか。
実際は、当時、日本は、完全に海上封鎖の状態にあり、軍艦を動かしたり、飛行機を飛ばしたりするための燃料が、ほぼ、底をついていた状況で、とても、戦争を継続することが出来る状態では無かった。
もっとも、それでもあくまでも降伏はしないという考えの人も多かったようですが。
さて、そもそも、なぜ、アメリカが日本に原子爆弾を投下したのか。
個人的には、一つは「実戦で使用をした場合、どのような状況になるのか、確認をしたかった」という、いわば「実験」のような意図があったのだろうと想像します。
そして、もう一つの理由は、戦後、敵国になる可能性の高い、ソ連への牽制。
原子爆弾の威力を、ソ連に見せつけようという意図が、あったのかも。
さて、アメリカは、原子爆弾を投下する場所を、どのようにして選んだのか。
それは、以前、聞いた話では、「これまでの空襲で、あまり被害を受けていない都市」という条件があったようです。
このことから見ても、やはり、原子爆弾の投下には「実験」的な意味があったのだろうと思います。
最初の投下地は、広島だった。
二番目の投下地は、長崎だった訳ですが、実は、当初、投下目標は小倉だったよう。
しかし、当日、小倉の上空に雲が立ちこめていたので、投下場所が、長崎に変更されたという話。
そして、8月15日に、日本が降伏をしなければ、原子爆弾は、更に、投下をされる予定だった。
投下目標にされていたのは、京都、新潟、札幌。
京都が、空襲をされなかったのは、アメリカが、「日本の文化財を守った」と言われることもありますが、これは、誤りです。
敵国が、そのようなことを考慮する訳がない。
もしかすると、京都が、原子爆弾で、壊滅していた可能性もあった。
貴重な歴史的文化財は、全て、失われていたことでしょう。
ちなみに、倉敷が、空襲の被害に遭わなかったのも「大原美術館に、有名な絵画などの美術品があり、それを、アメリカが考慮したから」と言われたりもしますが、これもまた、誤りです。
アメリカは、空襲をする町の詳細な地図を、事前に作成をしていたそうですが、この倉敷の地図もまた、8月15日の少し前に作成されていたという話。
つまり、もう後、一週間、二週間、戦争が長引けば、倉敷の町は、空襲で、跡形も無くなっていたことでしょう。
つまり、美観地区も、存在をしていなかったということになる。
映画「オッペンハイマー」は、この原子爆弾を、どのように描いているのか。
これまでのエンターテイメント映画とは、違うテイストになっているのでしょうが、その辺りも、興味のあるところです。