江戸時代、町で売られた「瓦版」について。
これまで、特に、関心を持っていた訳ではないのですが、この本を見て、興味を持ちました。
さて、そもそも「瓦版」とは、どのようなものなのか。
まずは、名前から。
なぜ「瓦版」と呼ばれるのでしょう。
いくつかの説があって、定説は、無いようですね。
著者は、「まるで、瓦の原料である粘土で原版を作ったかのように、劣悪な品質の刷り物だったから」ではないかと考えているそうです。
そして、この「瓦版」という言葉が、史料の中に初めて登場するのは、何と文久3年(1863)だということ。
つまり、その五年後には、江戸時代が終わってしまう訳で、「瓦版」という言葉が世間で使われたのは、恐らく、この五年程度しかないということ。
この「瓦版」は、一枚、四文程度が相場だったそう。
現在の価値では、40円から80円くらいということのようで、かなり安い。
これでは「劣悪な刷り物」だったのも、当然と言えますが、多くの庶民に、気軽に、手に取ってもらおうと思えば、仕方がない話。
さて、史料に「瓦版」という言葉が登場するのは、幕末になってからですが、当然、それ以前から「瓦版」に相当するものは、ありました。
歴史上、最初の「瓦版」と言えるのは、あの「大坂夏の陣」を報じたものだったそうです。
そして、これは、幕府が、徳川幕府の勝利と豊臣家が滅びたことを庶民に宣伝するために発行したもの。
庶民が、自主的に発行した「瓦版」として、最も、古いと思われるのは、天和2年(1682)から翌年にかけて頻発をした江戸の大火について書かれたものが、文献に残っているそうです。
さて、この「瓦版」を、実際に、町の中で売る人について。
時代劇の中に、時折、町の中に立ち、「瓦版」を売る人の姿が描かれることがありますが、それは、正しいものではないそう。
この「瓦版」を売る人は、「読売」と呼ばれたそうです。
この「読売」は、基本的に、二人で行動し、常に、深い編み笠などで、顔を隠していたそうです。
なぜなら、この「瓦版」は、江戸時代、「非合法出版物」だったから。
江戸時代に、「表現の自由」は、当然、無い。
何かを出版する時には、版元を明示し、内容を事前に幕府に届け出て、許可を貰わなければならなかったそう。
当然、「瓦版」は、そのような手順は踏んでいない「非合法出版物」である。
そのために、「読売」は、複数で行動し、顔を隠し、役人が来れば、すぐに逃走し、身元がバレないようにしていたということ。
幕府は、度々、「読売禁止令」を出し、「瓦版」を取り締まろうとしたそうです。
では、なぜ、「非合法」にも関わらず、江戸時代、「瓦版」が出版され続けたのか。
それは、幕府が、真剣に取り締まっていた訳ではないから。
役人が「瓦版」を売っている現場に来ても、「読売」が逃げてしまえば、それ以上、追いかけて、捕まえるということは無かったようです。
だから、「瓦版」は、作られ続け、売られ続けた。
しかし、例外が、二つありました。
それは、「幕府の政治の批判」をする「瓦版」と、「心中」を扱う「瓦版」の販売。
この二つに関しては、徹底的に弾圧され、厳しい処分が下されたそうです。
「幕府の政治批判」が弾圧を受けるのは分かりますが、なぜ「心中」の「瓦版」が弾圧を受けたのか。
詳しい理由は、分かりませんが、著者は、「心中」とは、男女の二人が「一緒になれない、この世を儚んで死ぬ」というもので、「この世」への批判、つまり、幕府の政治批判につながるという理屈なのではないかと推測をしていました。
個人的には、この「心中」という言葉について、昔から、疑問を持っていました。
なぜ、男女が、一緒に死ぬことを「心中」というのか。
元々、「心中」という言葉は、「心の中を見せ合う」という意味だったそうです。
そして、それは、基本的には、遊女と客の間で使われた言葉のようで、「心の中を見せ合い、互いに、他に、好きな人がいない」ということを確認する意味で使われた言葉のよう。
これが、元禄年間(1688~1704)以降、「情死」の意味で使われるようになったそう。
そして、この「心中」が、世間で、大きな注目を集めるようになったのは、近松門左衛門の「曾根崎心中」が、大ヒットしたのがきっかけ。
これは、元禄16年(1703)に、大坂の曾根崎天神で起きた、実際の「心中」事件を物語にしたもの。
何と、近松門左衛門が「曾根崎心中」を発表したのは、実際の事件の、わずか一か月後のこと。
世間には「心中」ブームが起こり、多くの男女が、実際に「心中」をしたそうです。
そして、この「心中」を報じた「瓦版」もまた、大ヒット。
幕府は、この「心中」を報じる「瓦版」を、徹底して弾圧し、「心中」そのものを禁止する法令も出して、取り締まったそうです。
そのため、この「心中」を報じる「瓦版」は、無くなってしまったということ。
他にも、「瓦版」に関して、面白い話が、色々と書かれていました。
「瓦版」に、大いに、興味の湧いたところです。