人は関係の中に生きている、とはよく聴くことかもしれません。


震災以降、絆というものを大切に、という思いが多く起こされているのも事実です。


人との関係がなくては、赤ちゃんは健康に成長することができません。


生理的な安心、安全が守られなければ生きていけず、


その世話をしてくれる大人がいなければ、生きていけないからです。


しかし、人との関係なしでは生きられないのは、赤ちゃんに限ったことではありません。


成長過程の子どもも同じです。


そして、その人との関係が分断されるとき、断絶されるような不安を抱える時、


子どもの心に大きな影響があるのは言うまでもありません。


今日は、そのつながりについて、教えられたことを一つ。




子どもが不安で泣くとき、「つながり」を断ち切られる恐怖が関係していることが多くあるのではないかということです。


おいて行かれる、とか


頭ごなしに怒られる、とか


甘えを聞いてもらえない、とか


・・・・



場面は違って、子どもからの要求は違っても、そこには、


親や近い関係の大人とのつながりを断ち切られる恐怖心が働いているのではないかと思うのです。



なぜ、そう思うかというと、


泣いている子供に、怒られている子供に、


関係性を保障したら、感情が安定して落ち着いて話ができる


反対に、泣いている子供に、関係性を示さずに話をしても、泣きが激しくなるだけ。



ということが、過去に何度もあったからです。



幼い子供であれば、ハグやスキンシップでまずは受け止めて


肌でつながりのぬくもりを感じられたら、落ち着くことができ、そこから、


子どもが落ち着いて自分の要求を言ったり、いけなかったと反省したりできる。



頭の中の文章がまとまらず、きっと、理解していただける人は少ないんじゃないかと思いますが・・・




私とあなたの関係は、愛で結ばれている、という安心感があれば


健やかに成長できると思うのです。。。。。




大事なのは、愛着関係ってことですね。





成長を助けよう


~させる、のではなく、このことを通して、この部分が成長してほしい


そのためには、自分はこういう言葉をかけるのがよいだろう、とイメージしながら。



目標を考えて、そのために自分は何を助けてあげられるか、そういう発想は大事だと思う。




靴に興味を持っているから、靴を自分ではく、まではいかないけど、自分ではこうとする気持ちを育てたい。



そう思って、言葉をかける。



すごいね、自分の靴持ってこれたね。


あんよ入れるんだよね。


よいしょ!(と、手を貸す。かかとを持ってあげたり、足が入るように…


はけたね!^^




すぐにお出かけしたいときにこれは、面倒なことかもしれない。


でも、こういうかかわりを継続することで、自分ではきたい、って思うだろうし、


実際に、自分ではく、という、目標に到達していくだろう。





成長を助ける。




目標を見据えて、成長を助けよう。


たくさん待って、たくさんほめて、自信をつけよう!


今日は、私が父から教えられたことを。




今日の夜、お風呂に入りたい父が、風呂を入れてほしいと私のところに来たとき


その頼み方が、タイトルの感じ。



「おとうさん、ふろにはいりたいなー」


「なー。風呂に入りたいねー」




なんだか、ぼやいてる感じ。




私は、このボヤキがきっとずっと続くと察して、しぶしぶお風呂を洗って、お風呂の準備したんだけど。






お風呂を入れなさい、でもなく


お風呂を入れてください、でもなく


お父さん、お風呂入りたいなー、という、つぶやき。




子どもに何かさせたいとき、これって結構使える手だと思います。




子どもの側として、まず、怒られているわけでも、命令されてるわけでもないから、


嫌な気分にならない。


お風呂入りたいなー、と言われると、自分も入りたくなってしまう。


このつぶやきから、お父さんの「困ってるから助けて」感が伝わってきて、


助けてあげたくなってしまう心理が働く。


で、その要望に応えた時に、相手が助かったーとか、うれしい!とか反応してくれたら


子どもはうれしくて、助けてあげてよかった、ということになる。



お手伝いしてほしいときとか有効ですよね。


身に着けてほしい習慣があるときとか。


スリッパ揃えてもらったらたすかるなー、とか。




あと、その日の意欲を高めるために、


公園行きたいなーとか、散歩したいなーと


その日大人がしようと思っていることを、くちにだして、〇〇したいなーということで、


したい!したい!!!!という意欲になり、


その他の生活がスムーズに運んだり。


たとえば、今日はいい天気だからお散歩に行きたいなー


公園で〇〇したいなーーーとかつぶやいてると、子どももどんどん行きたくなる。


その気持ちがあるから、朝ご飯とかよく食べたり、いつもより聞き分けがよくなったりして、


大人側も、怒らなくていいから楽になる。



そんなことを父のつぶやきから、感じました。




今日の一言



子どもにさせたいことを、〇〇したいなー、とつぶやいてみよう!!!

子どものやり取りでほほえましいのが、


いれて、いいよ


ごめんね、ありがとう


いっこちょうだい!、うん、いいよ!



っていう、リズミカルな素直な言葉。





でも、


「いーれーてーーー!!」


に



「ばーめ(だめ)、だよーーー!!!!!!」



と、リズミカルに元気よく答えてくれた男の子がいた。(笑)






入れてといった女の子は、ままごとがやりたくて、男の子たちのいる場所に入ろうとした。


でも、男の子は、すでに満席状態な、混雑した遊び空間を察し、


これ以上増えたら、自分が包丁を使えない、とか、自分の場所がとられる、と考えたんだろう。


そして、でてきたこたえが



「ばーーめ、だよーーーー!!!!!!!!!」




怒り口調で言ってるんだけど、リズムに乗ってるから、かわいく聞こえる。



でも、言われた本人、女の子は、今にも泣きだしそうな顔で先生に助けを求める。





「だめっていわれちゃったね。一緒にやりたかったのにね。」


「もう一度お願いしてみようか?先生も一緒に頼んでみよう~」



と、もう一度お願いしてみることに。



先生は付き添うだけにして、もう一度女の子が「いーれーてーー」という。


男の子は、仕方ないな、という表情で、しぶしぶ「いーーよーー。」


女の子が中に入ると、すかさず違う男の子がそばに寄ってきて、これ使う?と何やらボールのようなものを差し出す。



わだかまりも解けて、女の子もそのままごとに参加できた、、、、という、


「いれて」「ばめだよ」事件。




ここから教えられること。



言葉を習得する段階の子どもにとって、当たり前のような言葉を繰り返し使うことが大切。


いれて、いいよ、という、自分がこれをしたい!という希望を自分の気持ちを言葉にして「いれて」というのも大事だし、いいよとか、ばめだよとか、自分の気持ちを簡単な言葉で表している、これも大事。


だから、生活の中で、無言で過ごしてしまうような、単純な言葉もすごく大事なのです。


お茶を上げる時に、どうぞ、といってあげる、とか。


子どもが使ってるものを、借りたいときに、洗濯するからとか大人の都合で取り上げるのではなく、「かして」とリズムに乗って行ってみるとか。


簡単な言葉でのやりとりが、人間関係の根本を築くのかもしれない。


ということで


今日の一言は・・・


簡単な言葉をリズムに乗って楽しもう!!!!



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今日は、目についてひとこと。



「目」の力は大事です。



子どもをよく観察する、目。


子どもに注意を促す、目。


子どもに愛のまなざしを向ける、目。




人の体には、情報を目でキャッチし、また、目で発信するという働きがあります。



何をキャッチし、何をアウトプットするか、これが重要です。





保育していておもしろいなーと思ったのは、


いたずらとか、友だちに意地悪をするとか、人の言うことを聞かないとか、約束を守らない、、とか


子どもなりに悪いと思うことをしているとき、ただ、目が合うだけで、悟ります。


きっとそれは真剣なまなざしだからだと思うけど、


目が合っただけで、「だってー」と泣き出したり


「あ、(いけなかった)」とその行為を辞めたり、


「もう一回だけー」とかお願いに来たり、します。



目が合うだけで。



それだけの、コミュニケーションが、視線の交差だけで起こっているということですね!


おもしろい!!!



ということで、子どもに対するまなざしと、子どもの心をキャッチする心のような目で


子育て、がんばっていきましょ~~~!!!