灯台の街へ行くなら、何か光る物を忘れずに。 -10ページ目

今夜の私は調子が良い。


目を瞑り、顎を少し上げて、肩の力を抜き、

天井から吊るされるイメージを浮かべながら

爪先立ちで徐々に身体を高くしてゆく。


重心の動きを等速に。


それが最初に足先を大地から絶つポイント。

私の身体は熱を帯びた気球の様にふわりと浮いた。


地面から十数センチほど離れたところで目を開ける。




わかる。

今夜は上昇するのに助走もいらないし、

加速するのに中空で足をばたつかせる必要も無い。




…周囲を見渡した。


真夜中の繁華街だった。

大通りからひとつ外れた道の角にある

歩道橋の端の階段の影で隠れる位置に、

私はいる。


道行く人々は私に気づかない。

飛ぶときは何時だって私の方を誰も見ないのが、

ずっと続いてるこの世界の法則だ。

(空を飛ぶ夢は何度も見てる。

飛んでる間はなぜか殆どの人に気づかれない)


私は周囲の目を気にせず、

傍らの高層ビルの屋上の真横まで

するすると垂直に上昇した。




見下ろせば、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっていた。

私は目が悪いから、街頭や電光板がぼやけてる。

いろんな光が重なって、隙間が見つけられず、

自分が眼下の場所の何処を歩き回ってきたのかさえわからなくなる。


…眼鏡、これ以上は度を上げたくないな。


そんな事を考えながら、私は空を蹴った。




勢い良く加速する。

窓の明かりで光る高層ビルの狭間を縫い、

車よりも早く歩道橋の下を潜り、

歩く為に必要だった重力の事など忘れて、

ただひたすらに自身を自由に操ってゆく。


しばらく空を遊泳していると、

ふと星空の一部に大きな影が紛れてることに気づいた。


ひときわ高いビルの、ずっと上から街を見下ろしてる何か。

私はビルの壁を滑走路に見立てて

影へと向かって一直線に飛んだ。




影との距離が瞬く間に近づく。

遠くからでは繁華街の逆光で黒塗りだった影も、

間近に迫れば、その姿がよく見えた。


竜だった。


大きな蜥蜴(とかげ)に蝙蝠(こうもり)みたいな羽のついた

ありきたりなデザインの竜。




私は人には気づいてもらえないが、

竜にはどうだろうかと、私から声を掛けてみた。


「竜は滅多に見たことがないんだ。光栄だよ」


「…空飛ぶ人間も稀少だ。光栄だよ…」


思ったよりも流暢な日本語に驚いた。

その声は低くて大きく、人間には出せそうに無い声だったから、

尚更だ。


「ここへは散歩で?」


「…古い友人と会おうと思ったが居なかった。

これから帰るところだ…」


「それは残念」


竜にとって「古い」とはどれほど昔の事だろうか。


「…いつから星は地に落ちた?…」


「この下で光ってるものは、星ではないよ。

人間の作った光だ。つい最近、

火とは別の光を見つけたんだよ。

みんなが気に入って灯すから、夜空より明るくなった」


「…いかんな…」


「どうして?」


「…暗闇の中で道を照らすのは、

俺が生まれた時から光だけだった…

…光は、そこにあるだけでは駄目だ…

…規則正しい固定位置にあってこそ、

見る者は己の位置を相対的に知ることができるのだから…」


「まるで地図だね」


「…そうだ…

…上より下が明るいから、

慣れ親しんだ星が見えない…

…だが下は動きすぎてて覚え切れん…」


「もっと上に上昇すれば、止まって見えてくるかもしれないよ」


「…俺もそう考えた…

…このまま上へ行くつもりだ…」


竜は天を仰いだ。


「…そうか。人は自分で光を灯せるようになったのか…」


その大きな翼をひとつはためかせると、

巨体は少し上昇し、

速度は乗算するように加速して

竜は踊るような軌道で星空へ帰っていった。




彼が行った後で、私は少し考える。


誰しも光を灯す力は持っているけれど、

多くの人は他人の光が照らす道ばかりを歩いてる。

私も例外じゃない。


いつか暗闇に独り立たされる時がきたら、

私は光を灯せるだろうか。


遠くを知る耳や、足跡を辿る鼻があれば、

そもそも目に頼る必要もないのだけど。




…竜が消えたあたりで、私の夢は終わっていた。

後の感想は寝ぼけた頭で考えた事だ。


付けっぱなしにしておいたPCからKOKIAの音楽が流れてる。


その中の歌詞が、

やけに今夜の夢を想わせた。


♪~

私はここよ、ここに居るの。

一羽の鳥が弧を描いてゆくわ。

黙っては駄目、黙っては駄目よ。

夢の続きはその目で見れば良い。

~♪