つい先日の『都市伝説』というTV番組の中での

記憶ですが、エジプトの壁画の中にUFOや

宇宙人が刻み込まれている部分が今まで未公

でしたが、紹介されていました。

そして米国が2013年宇宙人の存在を公表する

とも…。

これからどのように社会が展開されるのでしよう

か。


未だに私たちは様々な自己解釈のもと、論争を

続けていますが何について論争しているので

しょうか。

自分の費やした時間と費用により得た事が正

しいのだと、譲れないのではないでしょうか。


今なにが求められているのでしょうか?


『豊かさとは何か』ということではないでしようか。


結果を求め、利益を求めて生きるということが

もたらしたものは 全体が豊かではなくなる…

ということではないのでしょうか。

私たちの精神性が社会として反映されるとい

事実にもはや目をそらしてはいけないのでは

ないのでしょうか?


地球に対してのエコロジーと共に宇宙に対して

のエコロジーも必要なのかも知れません。







対象物が何であれ

感じている感覚は

自分自身の内側から生じています。


通常何か対象物がそれをもたらしてくれた

ように錯覚をしています。

あの人が、この物が…そしてそこに執着が

生じます。依存が…。


だからこんなにも世の中にはモノが溢れ、

奪い合いが絶えず、一つのモノ、時には人を巡

て争いが耐えません。


でもそれらは自分自身の何かが反応した結果で

あって、何か特定のモノや人でなければ感じられ

ないという事ではありません。

これからはハートチャクラの時代とも表現されて

いますが、私もそう思います。


ハートチャクラが開き、感じ、震え出す時、

歓びが湧き上がるのです。


たとえそれが

一輪の花や 一瞬の風や 見知らぬ人の笑顔

だったとしても

自分が愛する人や何かと 同じように感じるので

す。

そこには特別なものはなく、只湧き上がる共通し

た 内なる震えが あるのです。


そしてそれが 愛の源泉なのです



それは、多分

自分自身の体験が少ないから…


波乱万丈の人生 だったとしても体験はごく

一部です。

もし、誰かを許せなかったり 憎んでしまうと

したら、相手を完全に理解出来ていないとい 

う事は確かです。

自分の体験による価値判断を手放し純粋に

 視る という作業が必要です。


通常それは難しい事でもあります。

言い訳や攻撃のおしゃべりが静まらないから

ですが…。

怒りを抑えつけるのではなく、

自分の中にある怒りに浸ってみるならば…

言い訳をするのではなく、只怒りのエネルギー

を感じ 自分が怒っている という事実を認め

るならば、怒りは理解されて行きます。

少々時間がかかったとしても。。


自分がこんなにも怒ることができるのであれば、

相手もまた 怒りや憎悪を持ったとしても当然

なのではないか、と。


自分だけが良くも悪くも 特別ではないのだ、と。


もっと大きな問題が浮上したならば、目先の怒

りは脇へと押しやられ別のことへ意識が行って

しまうように…その程度の こと なのだと。


自転車を乗りこなすように、最初はバランスを

とるのが難しくても、相反するエネルギーの中で

感じ取れたり、楽しめていけるのだということを、

理解して行くのです。


その一つひとつの発見が 人生の楽しさである

と思うのです。


そしてある時、以前とは違っている自分自身を

自らの中に発見する歓びを手にしていくのだと

感じます。




誰もが花開く為の種子を内に持っています。


花の種は硬い殻に覆われときが訪れるのを待

ちますが、

心が花開く為の種子は『自我』という硬い厄介

なものに覆われています。


花の種子が土の中で形態を失うというプロセス

を通して成長し芽吹く経緯と同様に、個人として

成長し花開く為には 殻 を破るという行為が必

要です。

突然の逆境、失恋、失業ということがもし、人生

の中で起こったのであれば 成長へ向かう機会

となることは間違いありません。

何故ならば『順調に進んでいる』と思っている中

で人は自分を返り視ることが難しいからです。


感性が鈍くなっている場合が多いのです。

風邪の後一杯のお粥がこんなにも美味しかった

のか…と感じるように、一瞬毎の体験が慣れの

為全面的に受け取れていないからです。


夜の夢から覚めた、としても現実という幻想の夢

から覚めていないのです。…これは多くの神秘

が同じように指摘する事でもありますが…


自我は生き延びる為に、原因が他にあるように、

そのように感じられるように混乱させてきます

が、そのトリックを理解し他者と自分を切り離し

てしまう感覚や思考を見つける事が大切です。


そのようにして、自分の中から分離を生んでいる

思考を見つけ手放していくと

歓びが、生きる為のエネルギーが湧いてきます。

瑞々しさが。。

その瑞々しさが養分となり花の種子は育つのです。


……個人として花開く為に!!






アセンションした星というのは二極性のエネル

ギーによる対立を超えることが出来た星という

事でもあります。

2012年12月21日に起こると言われている惑星

間の直立によるエネルギー変化へ向けて私達

の意識変化も必要とされていますが、二極性の

功罪を理解することが必要です。

男性性と女性性から新たな生命が築かれるよう

にエネルギーを生み出す という視点から必要

な極ですが、相反するエネルギーは対立を生み

出す方向性も持っています。

エネルギーへ私たちが方向性を持たせている

のです。


最近、ある事について霊的に感じ易い方と私の

ことについて話をしていた時に指摘されたのです

が、家系が源氏に由来するので対立する流れに

は近づかない方が良いのかも知れません、と。


確かに古くには平氏と源氏は対立関係にあった

のかも知れませんが、子供の頃 平将門の

生き写しと言われていた直径の子孫の方が父と

知り合いとなり我が家に数ヶ月滞在され、その後

病院で無くなられた時に看取らせていただいた

御縁を思いだしました。


その時感じたのは、もはや過去の対立は必要

ないから、修正する必要があったから 我が家に

その方はいらしたのではないのかと…。

メタトロンのチャネリングで言われた事ですが。。


「神からあなたは特定の環境で学ぶことを義務

けられた。

それは人生における様々なことを学ぶ為であっ

た…」


それは13歳の時からはっきりと顕れました。

13歳の時ある映像を見せられ、背後から

がんばなさい」と声をかけられた時から自分

はある時ま苦労をする、それまで耐えなけれ

いけない…と理解していました。


その時がんばりなさい!という声と共に試練の

ベールをかけられたのです。

その瞬間から

それまでの自分とは異質の感覚、本当の自分

ではない!という感覚の中での生活となりました。


その試練のベールは執拗に私に様々な体験を

与え続けました。


山本千春さんが昨年おっしゃっていらした、私を

覆っていたものが来年全て取り除かれる…とい

ことがようやく実現しました。

出来の悪い私は、こんなにも長い時間かかった

のです。 






先祖供養の効用については奥深いところがある

と思います。

一概には言えないと思います。

その中でのこれは私自身が感じた事ですが…


私は実家と嫁ぎ先のご先祖の方々の御霊の供

を、10年間毎月お坊さんにしていただいてお

りました。

沢山の供物とお経を上げていただき、先祖供養

をしていると人生の荒波が小さくなっていくと聞い

おりました。


確かにしないよりは良いと思います。

只、私の場合は10年目に肉体で感じる苦痛が更

激しくなり相談したとき、「こちらではどうしよう

い。なにも出来ない」と言われ 愕然としまし

た。


ならば、自分で何とかしよう!

と思い様々な本からまず学び始めました。

グルジェフ、クリシュナムルティ、OSHO、など

神秘家と言われている方の中から少しずつ始め

ました。

その中で自分自身が見落としてした視点や自我

についての理解を得て行く事が出来たのです。


どんなに先祖供養を行っても、自分の中から変

が行らない限り問題は以前としてソコ(自分自

身の中)にあると理解することが出来たのです。



自分自身を愛し、何であれ自分のすることを愛

する


書籍の中でアブラハム・リンカーンの逸話を紹介しています。

第一日目、上院を開会しようとしたとき、彼の成功を妬んだ

人間が立ち上がって、リンカーンに言った、「リンカーンよ、

あなたの父親が靴屋だったことを忘れるな」

 これはまったく関係のない、馬鹿げたことだ。さらにその

人間はこう言った、「あなたの父親は靴屋だった。よく我が

家の靴を作ったものだ。そのにことを忘れるな」

 これは侮辱しようと思ってのことだ。上院全体が笑いに

包まれた。みんな妬んでいた。心の底では誰もが思ってい

た、「あの椅子は私のものだ、それをあの男がさらってい

た」。人間の心というものは、誰かが成功したら、「あいつは

狡いやり方で成功した」と考える。ところが自分が成功すれ

ば、「それは正当だ」となる。こうして私たちは他人の成功に

対処する。「あいつが成功したのは狡い手を使ったからだ」-

-こうして私たちは他人の成功を容し、自らを慰める。それで

上院中が笑いに包まれた。

 でもリンカーンはすばらしいことを言った。「父のことを思い

出させてくれてありがとう。父は確かに靴屋だった。でもあの

ような靴屋には私もお目にかかったことがない。彼は創造者

だった。靴作りを愛していた。彼に比べると、私自分のことを

成功者とは思えない。彼が靴作りを愛したほどに、私は大

領の座を愛していない。ところが彼はそれを楽しみ、至福に

満ちていた。靴屋として父は至福に満ちていた。それに比

べると、大統領の座にいて私は至福に満ちていない」

 「でもなぜあなたは今、父のことを思い出させたのか」、

アブラハム・リンカーンは言った、「確かに父はあなたの家の

靴を作っていた。でも苦情は一度もなかった。つまり履き心

がよかったということだろう。でもあなたは今、父のことを

語った--唐突に。ということはつまり、まだ靴が痛いという

ことだろう。私はその息子だ。修理してあげよう」


自分自身を愛している人間、自分自身の仕事を

愛している人間は、別種の空気の中に生きる。

その空気の中では何事も反復されない。反復が

起こるのは、退屈したマインドだけだ。

和尚の本は自分自身が見落としているところ

を気づかせてくれます。

自分自身の中の思い違いや思慮の浅さに気づく

とき、何かが落ちていきます。

そして、それがとても心地良いのです。




日常的にいたるところで様々に形を変えて

行われている手段ですね…


自分の思いを通す為に、自分でも気づかない

ままにしてしまっている事が多いと思います。


一見正統論のように、正しいことのように形を

装いながら表現されています。。


叩くこと(批判)によって私たちは何をしている

のでしょうかはてなマーク


相手の行動や主義主張を変えようとしています。

結果として、相手から行動や思考のパワーを失

わせて静かにさせる という事をしています。


社会全体が元気になる必要に目覚めている方

が増えていますが、まずはそういう身近なところ

から意識を注意深くしていくことが必要ではない

でしょうか。


誰かを静かにさせたとしても自分自身の幸せが

降って繰る訳ではありません。

そういう処理方法を続けて行くと戦う相手が増え

て行き、自分自身が疲労して崩れて行きます。




今年出会うことが出来た Eさん(男性)

のご紹介


Eさんは物を通して情報を得ることに長けて

いらっしゃいます。


事件現場に残された モノ を通して その時

の情景を視たり、感情などを把握できます。


例えば 携帯の写メールで送られた映像から

メッセージや情報をお伝えする事が可能です。


石など視ていただきたい モノ がある方は私

にご連絡を頂戴いたしましたら、ご紹介させて

頂く事は可能です。


如何ですか!?