幸福とは

個人の受け止め方によって違いますし

イメージは無数にあります


幸せでいたいと思い

訊ね歩き

語り合いますが


多くの場合語り合えていない…


本音を隠し、自分にとって有利な立場

どのようにしたら得られるのかと奮闘している。


そのことによって、ますます

相手のことも

自分についても理解が困難となって行きます。


バベルの塔の物語は

旧約聖書の創世記の中に記載されているもの

です


もともと人類は一つの言葉を用いていたが

過去の洪水(ノアの箱船の物語)のような被害を

防ごうと レンガとアスファルトで高い塔を築き、

神からの制裁を防ごうとした為

神が言葉をバラバラにし、意志の疎通が取れな

ようにした。

その為人々は自分の利益を優先し、

争うようになったので

塔の建設が中止され(神により破壊されという

説もあります)

各地へと分散して行ったという内容です。


話し合っても、すっきりしない

話したことが取り違えられる

ということは日常に多く観られます。


言葉の距離感や理解の隔たりを縮めないと

幸せについても

一つのテーブルに着くことは出来ません


距離感を縮めるには

多くの経験と

相手の言動に注意を払い

自分の反応に気づき続けるという日常の努力

が必要です。


その中で

自分を理解し、他者を理解し

非難や驕りというものが手放され

呼吸が整い

自然や他者と一体になって行きます


巷では

エネルギーのアチューメントが流行していま

そんなことよりも

こんな些細な、地味なことが

成長の為には必要ではないのでしょうか