私の家は夜の祈祷会を大切にしている。
何故なら私はちょっとした病気で朝は極端に弱い。
医者にも無理をしない様言われている。
その代わり夜はがんばろうと思っている。
その為夜は家庭盟誓をハングルと日本語で行なっている。
今では子供たちはもの凄いスピードで言っている。
いったい何処で息をしているのか分からない。
私は「これは神様の前に誓っている宣言なのだから
早口言葉ではありません。」
と言うのだけれど、2年生の息子の成長には驚いた。
本を読むのが苦手で、ロボット読みになっていたのに
気が付いたら、凄い上手に読んでいた。
私は家庭盟誓のお陰だと思っています。
始めは噛みまくっていた主人も何とか付いて来ている。
主人も子供には負けたく無いのだろう。
しかし主人に辞めてもらいたい事が1つある。
聖歌をビブラートたっぷり効かせて歌うのはちょっと変。
自分の世界に入って気持ち良さそうに歌っている。
その為聖歌が揃わなくてバラバラになっている。
でも、気持ち良さそうに歌っている。
それはそれで「あり」かなと思っている。
祝福の中心家庭にもいろんな個性がある様に感じる。
これが公的な場では困るけど、今はまだ私について来るのを楽しんでいるかのようだ。
時には皆でかたを組んで歌う時もある。
とにかく神様をお迎えする場だ。
楽しいのが何より。
時にはふざけ過ぎて私に叱られるけど。
主人には感謝している。協力してくれて有難いと思っている。
欲を言ってはいけないのだけれど祈祷の声が主人だけ聞こえない。
主人は人が祈って居るのを聞く機会が子供に比べて少ない。
しかし馬鹿でかい声で祈る時がある。
それは子供に注意しても聞いてもらえない事があった時
子供に当て付けるかのように神様に告げ口している祈りだ。
娘は「祈祷会では公的な祈りをしなければいけないんだよ。」と反撃する。
それに息子も加わって、凄い賑やか。
主人が公的な祈りって何か知ってるのか、と息子に聞く。
負けず嫌いな息子は「当然でしょ」と威張っている。
私が祈って居るのを聞いているし、大母様の大会に行きたいと今から張り切っている。
主人は優しい人だ、子供と触れ合える時間は少ないけれど
ちゃんと父親している。
ありがとうお父さん、これも家庭盟誓のお陰かな。