今日は3月11日です。東日本大震災が起きてからちょうど1年が経ちました。
昨年の今頃、映像で入ってくるものすべてが、この世で起きたことなのか信じ難く、
また目を覆いたくなるような惨状が次々と映し出され、言葉を失ってしまいました。
今日は各地でいろんな形で復興支援の催しがとり行われています。
たんぽぽメンバーもいろいろと参加したいのですが、私たちは普段の生活をしながら
自分たちができることをさせていただこうと活動を続けています。
それで今日は、ブログを通じてみなさんへ愛を込めて心を込めて、
たんぽぽメンバーのメッセージをお贈りしたいと思います。


東北の皆さま、大変な一年だったとお察しいたします。
皆さまを応援する気持ちを送りたいのですが言葉が見つかりません。
テレビの報道を見るたび、
ただただ平安な日々が戻って来ますことをお祈りしています。


3・11から・・早いものですね~もう1年・・・
被災地の皆さんも長くて短いような1年だった事でしょうか・・
テレビで雑誌でネットで皆さんの元気で頑張る姿をみてこちらも力を貰っていました
復興支援ブログ(たんぽぽ)を通して・・
ささやかな真心しかお届けできないけれど・・一日も早く復興できるよう祈っています。


昨年のあの日、私は唖然とし涙してテレビに釘付けになっていました。
この一年たんぽぽを通じて、色々な方々とのご縁をいただき、
逆に暖かい気持ちや心をいただきました。
私の中の復興に大きな変化を齎した大きなエネルギーを持つ言葉もありました。
さらにその言葉によって凄く幸せを感じました。
ご縁をいただいた方々、本当にありがとうございました。
これからも地道にたんぽぽを続けることでお互いに幸せを見つけ暖めていきましょう。


1945年 広島 長崎に原爆が投下され 西日本は「火」により焦土と化しました
そこから日本人は 物質文明を追求し 見事に復活を果たし 世界をリードするまでになりました。
そして 2011年 東日本は 津波 つまり「水」により すべてを流されました
今回は 心を主とした文明を追求することにより 世界をリードする国になるのだと思います
戦争で亡くなった方々 そして地震 津波で亡くなった多くの方々の為にも
私たちはもう 自分さえよければよいという考えを改め
みんながよくなるためには という 暖かな想いを持てる人間に成長できるよう
努力することを求められているのだと 強く感じます。
私たちみんなで素晴らしい世界を創って行きましょう


私は被爆2世です。
母は長崎で被爆し、その後被爆都市広島に移り住み、私が生まれました。
日本で原爆が落とされたその2つの市で母が生き、私が広島で生まれたことが
とても意味がある気がしてなりませんでした。
特にここ10年は広島がなぜあれほど復興できたのか、人の心の動きを知りたいと思ってきました。
東日本大震災が起きてから、その思いはもっと強くなり、
人が絶望を希望に変えるにはどうすればよいのだろうと自分に問い続けています。
ただ今自分の中ではっきりしたことは、広島に原爆が落ちた日の意味です。
絶望に打ちひしがれた日でもあったけど、希望に向かってスタートを切った日でもありました。
決して終わりを意味するのではなく、始まりを意味する日だったと思うのです。
東日本大震災が起きて1年が経ちました。
すでに東北の方たちは希望に向けて、スタートを切っておられます。
でも悲しみが大きすぎて、すぐにスタートを切れない方たちもまだ多くいらっしゃいます。
それは無理もないことだと思います。
そして今、東北以外の方たちも一緒にスタートラインに立っていただけたらと思っています。
震災、それは遠い国で起きたことではありません。
同じ日本国内で起きたことです。
だから
もっと優しい心を東北に向けてほしいと思っています。
もっと温かい心を東北に向けてほしいと思っています。
もっと応援する気持ちを東北に向けてほしいと思っています。
いつまでもいつまでも。ずっとずっと……。
たんぽぽでは、これからも東北の復興を応援させていただくのはもちろんのこと、
人とのつながり、思いやり、優しさなど温かい心をご紹介していけたらと思っています。
最後に、すみません。
昨日私が急にたんぽぽメンバーに声をかけ、メッセージをもらうようにしました。
それで、たんぽぽの素敵な写真を掲載しているおたふくさんだけ連絡がつながりませんでした。
でもおたふくさんは写真自体にメッセージが込められています。
みなさんどうぞ、たんぽぽフォトギャラリーをご覧ください。
http://dl21.photo-web.cc/photo.html